第11話 激戦! 覚醒のンポポ!
凄まじい速度でンポポが宗一達に迫り来る。しかしンポポは腕を振り上げる事も拳を固く握り締める事もしなかった。ただ一直線に宗一達に向かって身体全体をぶつける気であった。その姿は最早一塊の鋼鉄となっており、駝鳥の仲間にも見えた原型は留めていない。そしてンポポと宗一達の影が重なった次の瞬間、宗一は強い衝撃を下に受けたと感じると一瞬のうちに遥か空中へと放り出されたっ!
(もしかして俺はンポポに蹴飛ばされたのか? でもそれなら身体が真っ二つになりそうなもんだが……いや、どちらにせよ受け身がとれる高さじゃない……リーナはどうなったんだろうか、無事……な訳がないよな)
「おい! 宗一、大丈夫か!?」
「え、リーナ!? お前もンポポに蹴飛ばされたのか!?」
「違う違う! 私が魔装具の槍を使い衝撃波を起こして私達を空に吹っ飛ばしたんだ!」
(あの下からの衝撃はリーナの力だったのか……)
宗一は自身の身体を確かめるようにぺたぺたと触る。骨が折れたりはしていない、腹部の鈍痛も大分和らいできた。
「宗一、身体は無事なんだな!? いいか、私の力では空中に留まることは出来ない、それで、ど……どうすればいい!? 私はまだ死にたくない、死にたくないんだ……っ!」
「どうするって言ったって、あんな化物相手に何をすればいいんだよ! 何をしても勝手に怒って強くなるんだぞ!? それにそもそもこの高さから落ちたらンポポに殺られる前に死んでしまうだろ!」
「落下の時には私がもう一度魔石の力を使って着地の補助をする、だけど、それでもう御仕舞いだ。おそらくそれで魔石の魔力は使い果たしてしまうだろう……」
胸元にある魔石は今朝に比べて輝きが鈍くなっており、それが暗に二人の命運を示しているかに見えた。宗一はそっと下を覗き見る、そこにはンポポが仁王立ちで二人を待ち構えているのが見えた。
(駄目だ、都合良く消えてくれる訳なんて無い。だけどあんな化物に対抗出来る策も無い、せめて最初の間抜けな姿の時に仕留める事が出来れば……あの姿……あの、最初の間抜けな姿っ! そうか、もしかしたらっ!)
そこで宗一はある策を思い付いた。最初に出会った間抜けな姿のンポポ、それを怒らすと何処までも強く、大きくなっていく。それなら、それならもしかして……と。既に二人は落下の一路を辿っていて、残された時間は多くは無い。宗一は急いでリーナに考えを伝えた。前提条件として着地補助の際に出来るだけンポポから距離を離したい。着地と同時に攻撃をされたら策も何も無いままに殺されてしまうから、と早口で捲し立てる。リーナに作戦の確認を取る時間すらもう無い、着地の時は……今、この瞬間っ!
「どっせぇーーいっ!」
リーナが槍の柄を地面に思い切り突き立てる。衝撃波が地面から迸り、二人を落下の衝撃から和らげる。そしてリーナは更に魔石から力を引き出し、次はンポポと二人の距離を広げる為に爆風を引き起こした。
目の前で引き起こされた爆風をンポポは手で顔を覆うようにして防いだが、二人は文字通り吹き飛ばされるようにゴロゴロと転がった。
「いっててて……んもう、どうせならこれも補助してくれよ!」
「無茶を言うな! もう魔石の力もからっけつなんだぞ!」
宗一は文句を言いながら急いで立ち上がりンポポの位置を確認する、距離は目視で約15メートル程でありそれは宗一にとって好都合だった。
「うぬらの児戯にも飽いたわ……塵芥へと帰するがよい……っ!」
ンポポが大地を踏みしめながらゆっくりと二人に近寄る、その僅かな寸隙こそが宗一が願っていた時間だ。
(そうだよな、距離が開いているなら詰めて来なくちゃ俺達を殺せないよな! 何故ンポポがこれ程強くなれるのに最初の姿はあんなに間抜けだったのか……答えは、これだ!)
「ンポポさん、ナイスマッスルゥゥーーッ!!」
宗一の叫びが響き渡る。怒らせれば怒らせる程に強く、そして美味くなるのなら、逆に誉めれば誉めるほど弱く、そして不味くなるのではないか、宗一はそう考えたのだ。
一見すると馬鹿げた発想だが、宗一には確信めいたものがあった。もしンポポという生物が怒りを覚える度に強くなっていくのなら、最初の間抜けな姿で現れることは有り得ない。野生で生きていく以上、怒りを覚えずに生きることは到底不可能だからだ。そこから考えると、少なくとも怒りを沈めることでンポポは元の姿に近付いていく筈なのだ。
「いよっ! 筋肉大明神! 世界最強の生物!」
「ほ、ほんとにこれに効果があるのか……? ンポポは止まらずにこっちへ歩いて来ているぞ?」
「だとしても他に方法が無いんだよ! とにかく今の俺達にできる怒りを沈める方法って言ったらンポポを褒めるしかないだろ! えーと、イケメン! モース硬度20! ミスターアンチェイン!」
しかしンポポは一歩、また一歩と足を進めることを止めない。近付いてくるその表情からも宗一の言葉に対する感情を読み取ることはできず、宗一の胸の奥に何とも言えない焦燥感が沸き上がってくる。この作戦に効果が無ければ二人に明日は来ないからである。
「ナイスバールクッ! 流石のンポポ、土台が違うよ土台がぁ! デカァーーイッッ!」
「宗一、さっきからその呪文みたいな言葉は何なんだ……?」
「あの筋肉がムッキムキのンポポを見てたらこれしか言葉が出てこないんだよ! あと……あと……」
そこまで言ってから宗一は言葉を失った。遂にンポポが目の前まで辿り着いたからである。見上げたンポポは先程と何も変わらない、化物染みた身体のままであった。宗一が作戦の失敗を悟ると同時にンポポはグッと力を込めて腕を振り上げた。二人にはもう抵抗する気力も逃げる体力も無い、振り上げられた拳をただ怖れながら目を閉じる事しかできなかった。
(もう駄目だ、完全に失敗だった……リーナ、ごめん。結局何も変わらなかった、俺がンポポに鳥頭なんて言わなければ……でも正直怒りすぎだとは思う。だってあんなにいきなりここまで怒るなんて思わないよ。言葉なんて理解して無さそうだったのに……これもセーニャ達が言っていた勇者が残した祝福ってやつなのかな。それにしても……走馬灯でも無いのに、死ぬまでの間ってこんなに長いんだな)
宗一の残悔の念はいつまでも永遠に続くように思えた。何故ならそれはンポポが怒りの拳を振り下ろすまで続くのだから。しかし何時まで経ってもその時が訪れないので宗一はそっと目を開けてみた。するとンポポは拳を振り上げたまま止まっていた。そのまま数秒見詰めていると、ンポポは荒々しい呼吸のままこう言った。
「……ここは、どうなんだ?」
「え……?」
「だから、この部分はどうなのだと言っているっ!」
ンポポは言葉を聞き返した宗一に対して、次は振り上げた腕の上腕二頭筋辺りを指差して言った。呆然と見上げていた宗一はハッと気付いて直ぐに大声で叫んだ。
「二頭もデカァァァーーーーーイッッ!! 泣く子も黙るよ上腕二頭筋っっ!」
そして宗一はチラリとンポポの表情を伺う。憮然とした表情は変わらないが、持ち上げた拳を静かに下げると今度は後ろ手を組み、二人に背を向けて力を込める。それはンポポなりのポージングに見えた。そこで宗一は確信した、ンポポへの対策としてこの作戦は正しかったのだ。しかし一方でリーナは首を傾げて困惑しながら言った。
「どうしたんだンポポの奴……何かおかしくないか?」
「ンポポをもっと褒めろって事だよ! どうやら俺の作戦が上手くいったらしい。だからリーナも何か言ってくれよ!」
「あ、あれに何を言えばいいんだ? だってあんなのただのバケ──」
「ちょ、止めろぉ! これ以上ンポポを怒らすんじゃない!」
「……おい、どうなんだ?」
慌ててリーナの口を塞いだ宗一をギロリとンポポが背の上から顔だけを此方に向けて睨み付けた。まだ二人の危機が完全に去ったわけではないのだ、宗一はンポポが満足する言葉を必死に思い出していた。
(早く、早く……えーと、ボディビル系、マッスル系、ガチムチ系、思い出せ思い出せ! 背中、ということは広背筋、脊柱起立筋、僧帽筋……よし、俺ならいける! 褒めちぎれる!)
「飛んで跳ねてる僧帽筋! 背中の鬼とにらめっこ出来ちゃうよぉ! ンポポの筋肉圧倒的ぃーーーっっ!」
「…………フンッ!」
ンポポは大きく鼻息を鳴らすと次は振り返り、両手を胸元でグッと引き締めると地に片膝を着けた。太股を際立たせるポージングである。
(……ンポポが気を良くしているのは間違いない、だがそれは何時までも俺達の命を保証するものでは無いだろう。もしンポポが怒りを完全に静めたのなら、またあの駝鳥の様な形に戻る筈なんだ。ンポポの姿が戻らない以上、俺は何れ訪れるであろう唯一のチャンスまで気を抜くことは出来ない、死にたくなければもうやるしかない……覚悟を決めろ!)
「脚が輝くダイヤモンドッッ! ナイスカーフ! バッチリキレてるキレてるぅーーっ! 隙間から見える腹斜筋が6LDK!!」
「フゥンッッ!」
──それは。
「フンハッ!」
「んっ! ンポポ冷蔵庫っ! その大胸筋はもう誰にも止められないよぉ!」
「えーと、えと……ふぅわ! ふぅわ!」
「ヌゥゥン……ッッ!」
──見る者達がどう思おうとも。
「一人筋肉動物園っ! もう金剛超えて超合金! 全てが規格外っ! デッカタァァーーーイッッ!」
「わー! わー! ぱふぱふー!」
「ハァァ……ッッ!!」
──二人にとっては。
「リーナも何か言ってくれよ! 流石に俺もネタ切れなんだよぉ!」
「そそそそんなことを急に言われても私は分かんないよぉ……えと、えと……と、鳥肌びんびん丸っ!?」
「は? アアアアァァァアァァァァァアアァァアアーーーーーーーーーッッッッ!!!」
「リーナァ! それ褒めてないだろ!」
「ごごごめん! だってだって宗一が何を言っているか私には全然わからないんだもん!!」
──生き残る為の戦い、であった。
「はい、ではここで一旦筋肉チェック入りまーす!」
「フンッ! 殺されない内にさっさとするがいい!」
宗一はンポポの逞しい身体にゆっくりと手を伸ばす。それは緊張の一瞬であった、何故ならンポポを褒めに褒めた作戦の成否が今この瞬間に掛かっているのだ。そして宗一が触れようとする様をリーナもまた緊張の面持ちで見詰めている、その手には先程のどさくさに紛れて手にした剣が固く握られている。
(……い……いける! 仕込み棒で殴った時に感じた鋼鉄のような固さは無い。これなら、これなら斬れるっ! リーナ、後は──)
「頼んだぁぁーーーーーーっっ!!!」
宗一が叫ぶと同時にリーナがンポポの懐に飛び込んだ! その瞬間に宗一は受け身も取らずに転がるようにしてその場を離れ、リーナは間髪を入れずに手にした剣を思い切り振った!
「うぅおおおりゃぁーーーーーっっ!!」
「グオオオォォオオオォォーーーーーーーッッッ!!!?」
放たれた剣撃はンポポの脇腹を引き千切りながら進む。リーナの全体重を受けた刃がギチギチと聞くに耐えない歪な音を伴いながら筋繊維を引き千切るのだ。途中何度か骨に当たっているのだろう、剣先が不規則に揺れるがリーナは歯を食い縛り、決して力を緩めない。一方でンポポは突然の痛みに雄叫びをあげるが身体が硬化していかない、予想外の奇襲で痛みが怒りに結び付かないのだ。
「だああぁぁぁぁああぁぁーーーーーーーっっっ!!!」
ザシュッ! とリーナが振り切った剣閃を後から追うように血飛沫が舞い上がる。気力と体力を振り絞った一撃はンポポを文字通り見事に断ち切った。
「グゴ……ッ! ググ……ガハ……ッ!」
ンポポの断末魔を背に体力を使いきったリーナはふらふらと前へと倒れ込んだが、それを宗一は優しく抱き留めた。「あ……っ」と僅かにリーナの吐息が漏れる、しかし宗一を決して押し返そうとはしなかった。抵抗もせず、流れに身を任せるようにただ優しく抱き留められている。
「ふふふ……やったな! 宗一! どうだぁこれが王国騎士団辺境調査隊隊員の末席、エカテリーナ様の実力だぁー! うりうりぃー!」
「ちょ、おい! あまり身体を押し付けるな! 立てるなら自分で立ってくれよ!」
「なんだよぉ、照れてるのか? うりうりぃー!」
「そういう訳じゃ無いが……全く仕方の無い奴って、あ……」
うりうりと尚も身体を押し付けるリーナは突然後方へと思い切り引っ張られた。「どわっ!」とバランス崩し、そのままゴロゴロと転がり、やがて「ぎゃんっ!」と悲鳴をあげて突っ伏した。
「……我々が居ない間に随分とお楽しみだったようだな、宗一」
「それになんだか騒がしかったですよ? 何か寄ってきても困るのであんまり騒いじゃ駄目ですよぉ!」
そう言いながら宗一の前に姿を現したのは、セーニャとヴィルナの二人であった。
「いや、いやいや……こっちも大変だったんだって。ほら、あれを見てくれよ。こんな化け物相手にして殺されそうだったんだぞ?」
宗一は二人にンポポを指で示したが、そこにあったのは先程の化物染みた筋骨隆々なンポポではなく、初めに見た極彩色な駝鳥のようなンポポの死体であった。
「も、戻ってる……? そんなバカな話が……」
「ん、おぉ! ンポポを仕留めたのか! 二人とも凄いじゃないか! これなら警戒のついでにヴィルナと一緒に食べ物を探さなくてもよかったな!」
「ふむふむ……ん! これは中々良いンポポですよ! 早速料理してやるですよ!」
ヴィルナはつんつんと指でンポポを突くと大きく頷いた。肉質でも見ていたのだろうか、納得の出来とでも言いたげな表情である。
「いや、さっきまでもっと筋肉とか凄くて滅茶苦茶強かったんだよ! それでリーナと二人で何とか倒したんだけど……」
「ふふふ……わかっている、わかっているとも。ンポポは感情で大きく姿を変えたりもするが、死ぬと姿が元に戻るのだ。どうだ宗一、ンポポは不思議な生物だろう?」
宗一は不思議を超えて不気味だと言おうとしたが止めておいた、兎に角やっと安堵の時が訪れたからである。リーナは突っ伏したまま休んでいるようで静かに胸を上下させている。ヴィルナはいつの間にか消えていた焚き火をもう一度手際よく作り直すと、ンポポを持って離れていった、おそらく調理をするためであろう。そしてセーニャは宗一の隣に「よっ」と、腰を降ろした。
「それで、どうだったんだ?」
「……何が?」
セーニャが悪戯気を帯びた表情で宗一に言うが、宗一は何の事だか分からない。疲れた表情で返事をするがセーニャはムッとした顔で続ける。
「何がと言う事はあるまい、宗一はンポポと戦ったのだろう。となると当然……あの仕込み棒で戦ったわけだ」
「ん……あぁ、リーナが危ないと思ったから無我夢中で戦ったよ。ほんと、数時間前の俺に教えてやりたいぐらいだ。俺の倫理、道徳、美徳なんて何の意味も無い、そういうのは強者の理論でしか無いんだ。圧倒的強者のみが掲げる事が出来る慈悲であり傲慢であり怠慢なんだ。それをンポポに嫌ってほど教わったよ」
宗一は俯きながら心情を吐露する。即ち自身は弱者であるともとれるその言葉にセーニャは優しく微笑んで肩を抱いた。それは親が子へ行う抱擁に近く、そっと身体を抱き抱える形であった。
「セーニャ、よしてくれ」
「まぁいいから聞け。それでも宗一はンポポを倒して勝ってリーナを守ったのだ。この世界では勝って生き延びた者だけがまた明日を拝む事が出来る。だから俯くな、泣くな。宗一は勝ち、生き残り、守った。今はそれを誇るがいい」
セーニャの抱擁がぎゅっと強まった。宗一はその暖かさに包まれて心地良さそうに「ん……そうだな」と静かに頷いた。
「って、泣いてはいないよ!」
「そうか? どれどれ……ならばその顔を見せてみろ」
俯いた宗一の顔をぐいっと引き起こして頬を両手で挟んだ。始めはそっと抱える程度の力はどんどん力を増していき、その度に宗一の顔は万力に挟まれたかのように潰れていく。「んぶぶ……」と息苦しく抵抗する様を見るとセーニャは吹き出して笑った。
「フフフフッ! 変な顔だなー! それぐりぐりーっと……」
「ええい! 人の顔で遊ぶなぁ!」
それはセーニャなりの励ましだったのだろう。二人が談笑しているとゆっくりと日暮れが深まり、すっかり夜になるとヴィルナの料理が所狭しと置かれていく。色々な果実や木の実が置かれているが、中心に鎮座している主食は勿論二人が仕留めたあのンポポである。
「……さぁ夕食の準備が出来たですよ。ほらほらリーナも起きるです!」
「んがっ! ふぁ、ふぁー! お肉、またお肉を食べられるんだな……うぅ、弟にも食べさせたいから持って帰ってもいいか?」「良いわけねーです! 燻しても無いのに持ってっても腐るだけですよ!」
「そ、そうか……ではまたの機会にでも作ってもらうとするか……」
「……ふふふ、リーナがそう言うならまた今度作ってやるですよ。持ちきれないぐらい作ってやるです!」
「む、言ったな? おい、宗一、セーニャ! 今の言葉を覚えておいてくれ、私は今度オークの集落で肉をいっぱい貰うとな!」
「はいはい。それより折角ヴィルナが作ってくれたんだから、冷めないうちに食べよう。さて、手と手を合わせて……頂きます!」
各々が宗一に続いて手を合わせる。それから四人は色々な料理に舌鼓を打ちながら食べていくが、誰もンポポには中々手を出さない。宗一はそれを疑問に思っていると、ヴィルナがンポポ肉を切り分けて宗一とリーナに差し出した。
「はい、どうぞです!」
宗一は差し出されたンポポを手に取り眺める。肉の油が焚き火の明かりを受けて、てらてらと鈍く輝く。更に芳しい香りが鼻腔を擽り、どうしようもなく宗一の食欲を掻き立てた。今にもかぶり付きそうな衝動を抑えながら、宗一は周りの目を伺った。周りに座っている皆の目が宗一の一挙手一投足を見守っているからである。
「えと、なんでそんなに皆で俺を見るの? ここまで見られると流石に恥ずかしいんだけど……」
「それはしょうがないですよぉ……やっぱり仕留めた人達から食べてくれないと私達も中々手が出せないですし」
その言葉にセーニャも言及しない辺り、森で狩りをする人達にとっては当たり前なのかもしれない。宗一はもう一人の当事者──リーナの方を見てみると、既に差し出された肉をペロリと平らげて更にンポポへと手を伸ばし始めていた。これは俺がもたついていたら二人が食べる前に全部リーナに食べられてしまうな、と宗一は急いで目の前のンポポに齧り付く。
(ん……ん!? 美味い、美味い……が、これが本当に昨日と同じ種類の肉なのか!?)
昨夜のンポポが地鶏のような歯応えと独特な甘味を持つ味わいなのに対して、これはどちらかと言うと牛肉の赤身に近い。しっかりとした噛み応えに溢れる肉汁がえも言われぬ満足感を宗一にもたらす。
「お、おぉ……これはまた凄いピレッツォですぅ! むむむむ……これは相当怒らせないとこの味は出ないですよ!」
「ふーむ、確かにこれは凄いな……この味だとンポポも相当手強かっただろう? 何を言えばここまでンポポを怒らせれるんだ?」
二人はンポポの出来に感嘆として言葉を口にするが、セーニャの疑問に宗一は答えを渋る。その言葉がンポポをあれほど怒らせるとは思えなかったからである。
「……んー、鳥頭って言ったらもう滅茶苦茶に怒り狂って大変だったよ。身体はオーク達より大きく固くなったな。鳥頭って言っただけでリーナの魔装具でも傷一つ付けれなくなったんだぞ、信じられるか?」
「え、えぇーーーーーっっ!? そこまで言っちゃうですか!?」
「……鳥頭ってそんなに言っちゃ駄目なの?」
「私達オークの村の中で一番謗りに長けるジゴンマでもそこまでは言えないですよぉ! 宗一は無謀と言うか流石勇者と言えばいいのか、底知れないですねぇ……」
「誰だよ! 謗りに長けたジゴンマって言われても分かんないよ!」
「うむ、私の里に居る数日に一度しか喋らない程に言葉を溜めるソルマでもその言葉は中々出せないだろう。これは……宗一の深い闇を垣間見た気がするな」
「そのソルマっていうのは只の無口なエルフじゃないのか? あと俺に深い闇なんて無いよ!」
それからも三人であーだこーだと言い合いながらも食事は進んでいく。暫くするとリーナはンポポを存分に食べ終えたようで、またも昨夜のように真ん丸とした身体で地べたに転がるようにして寝始めた。
「んぴゅぅ……んぴゅぅ……」
「リーナめ、相変わらずふざけた寝息をする奴だ……」
「まぁそう言わないでやってくれ。ンポポとの戦いでは二度もリーナに命を助けられた。ンポポへの止めの一撃もリーナだったし。本当に頼りになる奴だよ」
「そうだな、更に魔石の力があれば現状の私達の中で一番の戦力と考えて良いだろう。それに……」
セーニャが一旦言葉を区切る。
「明日には死ぬかもしれぬその身でヴィルナに帰りの手土産をねだるのは剛胆というかなんというか……こいつ、もしかしてこれを散歩か何かと勘違いをしているのではないか?」
「いやいや、いくらリーナでもそんな……なぁ?」
「ふふふ……それも含めてリーナの頼もしさ、です!」
「そうだな、その通りかもしれないな。この寝姿も頼もしさの裏返し、か……」
「……んぴゅぷすぅ」
「うむ、頼もしい寝言だな。ではリーナの頼もしさがわかったところで私達もそろそろ休むとしよう。火の番は必要あるまい、何かあれば起きるだろう」
セーニャがそう締め括ると、ヴィルナは持ち運んできた籠の中から厚手の布を二人に手渡した。人一人がすっぽりと収まる大きさである。
「これは……敷くのかな?」
「どちらでもいいですよ! こうして敷いても掛けても丸まっても良いです!」
ヴィルナは手本を示すように自らが布の有用性を見せると、宗一は布を手に考える。敷くべきか、掛けるべきか、それともぐるりと巻くべきか。
(オーク用の寝具なのだろう、俺が一人で使うのなら充分過ぎるサイズだ。となると、先ず角を頭にして……)
宗一は頭に当たる角を丸めて枕を作り、そこに寝てから両側の角を折り畳んで身をくるむ。その格好は布が黒いのも相まって手巻き寿司にも見えた。
周りを見ると、寝転んでいたリーナにも布が掛けられており、セーニャは敷かれた布の上に横になっている。一方でヴィルナは布を少し斜に敷いてから折り畳んでいる、折られた布で顔が隠れないようにしてあるのだろう。
(明日にはヴィルナ達オークの存亡が掛かってる。俺もしっかり寝て、せめて勇者であるセーニャの足を引っ張らないようにしないと。それにしても今日は疲れた。あんな事になるなんて、もう二度とンポポに鳥頭なんて言わないよ、絶対に……)
焚き火や木々の擦れる音、静寂とは程遠いが決して悪くないその喧騒の中で微睡みが宗一をゆっくりと包む。このまま目を閉じれば直ぐに明日を迎えるだろう、目覚めるその日が救いとなるのか、破滅を迎えるのか、宗一はいつまでも虚空を見つめて胸中の言いようもない不安を抑えるように胸を抱いていた。
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