13 藤野 波美
藤野 波美①
美しい春の日が、芽生えた肌の蔓を照らしている。
あたしは毛抜きを握りしめ、灰色の蔓を体から引き抜いた。昨夜処置してもらったばかりだというのに、速くも新たな蔓が生えてきているのだ。外に出ている部分は一、二センチ程度だったが、根の長さはその倍あった。たくましい主根からいくつかの側根が頼りなくも伸びており、表面には和毛じみた細かな根も生えている。それはひっくり返して見ると、小さな樹木に似ていた。
ふたたび、あたしから生まれた蔓を見つめた。外皮は光沢のある灰色をしていて、それを一枚剥ぐと薄緑の内皮があらわれる。肌触りはつるつるとして、かすかなぬめりもある。鼻を近付ければ覚えのある甘い匂いがうっすらと感じられ、ついかじってみると、味はないもののひどい青臭さだった。
これはいったい、体内のどこまで広がっているのだろう。手足から腕、脚。胴体と臓器、首や頭、脳。想像するのは簡単だった。それは、一本の木について考えるのと同じだった。
蔓はやがて、全身を覆うのかもしれない。想像するとなんだか愉快な気分になってくる。見た目がどうにもかわいくない、中途半端に毛むくじゃらになったらどうしよう。それがおかしくて、笑い声が漏れてしまう。
不思議に心地が良かった。
味わったことのないよろこび、満たされた感覚だった。不安はなく、恐れもない。あたしはソファに寝転がる。集中していたのか、頭がぼんやりとしてくる。
見上げた宙に、みどねえの植えた吊るしのランが根を伸ばしている。
ずいぶんとよく育った。
「ただいま」
すると、みどねえがリビングに入ってくる。
なにげなく、物音もたてず。
いつの間に帰ったのだろう。みどねえはあたしを見て、なんだか困ったふうに笑った。
「んー、おかえり」
「調子はどう?」
「いいけど、まだぼうっとしてるかも?」
「横になってなね。ほら、あったかくして」
そう言って、みどねえはあたしにブランケットをかけると、ジョウロの水を鉢植えに与えていく。その歩みに合わせ、うす緑色のバルーンワンピースが軽やかに揺れている。
「わたしのふるさとはどうだった?」
と、みどねえがたずねる。
「えー……なんか自然ゆたかで、どうやって暮らしてたのってかんじ?」
「子どもの頃だったからね、当たり前なんだって疑問もなかったな。でも、楽しかったよ。友だちもいたし」
「子ども、他にもいたんだね」
「そりゃいるよー。何人か、みんな仲良しだったけど、芽生ちゃんって子が特に仲良かったかな」
マドカズラ。
「明るくてよくしゃべる子でね、だから死んじゃったときは悲しかった」
「なんで死んじゃったの?」
「集落の外に出たとき車に轢かれて。ひどいよね」
カランコエの厚い葉。
「そうだったんだ」
「だから、家守にお願いして戻ってきてもらったの。そしたら物静かな子になっちゃって……そのあとすぐにお父さんと引っ越したからあんまり話せなかったけど」
「そう、聞きたかったんだ。お父さんはなんで……」
そのとき、あたしのスマホがふるえる。景さんからの着信だった。みどねえがうながすのをたしかめて電話に出た。
「着きました?」
『うん。そっちも……』
景さんは急いでいるらしく、いつもより早口になって話す。どうやら折戸くんから連絡があったらしい。
電話のあいだに室内の水やりを終えたみどねえは、ベランダに出てたばこを吸いはじめた。ひらかれた窓から、白い煙が部屋に入ってくる。アメリカンスピリット・ゴールド。みどねえのにおい。たばこを吸いながら、ゆったりと絵を描くような仕草でカラテアの弱った葉を摘んでいる。
「……気をつけてくださいね」
『そっちも』
と、通話を終える。折戸くんを迎えに行くので帰りが遅れるということだった。あたしにどれだけの時間が残っているかはわからないけれど、彼が無事であるのなら、それは喜ばしいことだった。
「白井さんの調子はどう? 癌だって聞いたけど」
みどねえがたずねる。
「うん。あたしもびっくりして……でも元気そうにしてるよ。どうだろ、我慢してるのかも。本音がどうなのか、ちょっとわからなくて」
「強いひとなんだね」
「そうなんだと思う。すごく頼りになるんだよ」
カラテア。
「わたしも早く会いたいな。仕事だとぜんぜん話せなかったから」
ホオズキ。
「映画の話とかしたんでしょ?」
「一度だけね。次はもっとできたらいいな、白井さんと仲良くなりたい」
「なれるよ。みどねえと景さん、ちょっと似てる」
「そう? そうかな。だったらいいな」
ユリ。
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