46 浮気
「失礼ですが……上月家の家長たるものが、まさか浮気をしているのではないですよね?」
私は突然に切り出した。
賭けに出たのだ。分の悪い賭けかもしれないが、賭けずに負けるよりはずっとマシだ。
「浮気……?」
「浮気だって?」
きらりさんと零一くんとが不思議そうに私の顔を見る。
「はい。浮気です。どうなのでしょうか? 零一くんのお父様」
「……何を馬鹿なことを……。血迷ったのかね藤堂さん」
「いえ、先程、きらりさんのことを美知流さんと呼び間違えたようでしたので……」
私の言い分に、「あぁ確かに……以前学園長室で話し合いをしたときにもそんな事あったね」と零一くんが疑念の目を学園長へと向ける。
「それは……ただの呼び間違えだろう。それを浮気だなどと、失礼だよ藤堂さん! 何を根拠にそんなことを!」
「それに以前学園長室前でお会いしたとき、坂柳美知流さんの着衣が乱れてこそいなかったものの、何故か靴を履き直していたのが気になりまして……。
靴を脱ぐようなことがあったのではと……?」
私は疑いの視線を学園長へと投げる。
実際のところこれ以上の手札はない。賭けに勝つにしてもまだ何かが欲しい。
何か……何かないのか……。
「……憶測で物を言うものではないよ藤堂さん。まさか君がここまで失礼極まりない女生徒だったとは……これは尚更に、零一との交際を認めるわけには行かなくなったな……!」
堂々とそう言いきる学園長だったが、しかし私には女の直感的確信があった。
「じゃあなんで坂柳さんと母さんを間違えたのさ父さん!」
「それは普段、美知流くんのことを仕事でよく呼んでいるからだ!」
零一くんと学園長が言い争っている、そんなときのことだ。スマホの通知が鳴った。
こんなときに誰だろうか?
「じゃあ本当に母さん以外の人とは何もなくて、絶対に浮気はしてないって言うんだね……父さ……うっ……」
学園長を問い質していた零一くんが突然に、胸を抑えて呻いた。
「うっ……くぅ……」
「まさか……零一! 発作なの!」
きらりさんが驚いて零一くんの元へ近寄る。
「私、救急車を呼びましょうか?!」
きらりさんにそう尋ねるが、零一くんが首を横に振った。
「大丈夫……大丈夫だよ……もう治まってきたから……」
「ですが……!」
「大丈夫よ碧ちゃん。最近じゃ頻度は減ってたけど、昔からよくあることだから……」
「そうなのですか?」
「えぇ……ほら零一これ」
きらりさんがリビング端の棚から酸素吸入器を取り出す。
「ありがとう母さん……」
何度か酸素を吸う零一くん。
そうして零一くんの回復を待つ間、私はスマホを見た。
通知は文音からだった。
「碧、実は碧に黙ってたことがあって……この間カラオケに行った時、碧と別れた後に撮った映像を送るね。上月くんとのことで問題があったら切り札にこれを使いなよ!!」
切り札に……? 一体どういうことだろうか。
メッセージアプリを開き、映像を再生する。
そして1分ほどに及ぶ映像を見終わり、私は勝ちを確信した。
「やはり私の言う通りだったようですね学園長!
きらりさん……これを……」
「え? なにかしら?」
零一くんを心配しながらも、私からスマホを受け取り映像を見るきらりさん。
そして映像を見終わり、「母さん……これを……」と今まで黙って事態を見守るだけだった深雪さんにきらりさんが私のスマホを渡して、再び映像を再生する。
映像を見終わった深雪さんが、きっと学園長を睨みつけた。
「健流さん……どういうことかしらこれは?」
「何がですか……?」
「あなたと若い女性が、二人で車に乗ってホテルへ入っていく映像ですけれど……!」
「な……!? そんな馬鹿な! 貸して下さい」
立ち上がりスマホを奪い取ろうとする学園長だったが、それは深雪さんに阻まれた。
「碧ちゃん。これ返すわね」
「はい。ありがとうございます」
私はスマホを受け取って、動画を保存。
文音にグッドジョブのスタンプを送った。
「父さん……! やっぱり藤堂さんの言っていた通り……!!」
落ち着いてきていた零一くんが学園長を睨みつける。
「女の勘は当たるってものね……! 健流さん! この始末、どうつけるおつもり!?」
深雪さんが学園長を叱責する。
「そ、それは……」
黙り込んでしまう学園長が虚しく静かにソファに腰を下ろした。
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