45 第二回上月家家族会議
私の不安をよそに時間は刻々と進み、零一くんのご両親に会いに行く放課後となった。
私は学校が終わると、待ち合わせ場所の校門前へと向かった。
「零一くん……」
零一くんの姿を見つけ、不安を隠せずに彼の名をぽつりと口にすると、零一くんが「大丈夫ですよきっと……悪いことはなにもないと思います」と私を慰める。
そうして上月家へ向かう道中もずっと零一くんに慰められながら、私は零一くんのご両親との対話に臨んだ。
上月家へ到着し門をくぐると、家政婦の女性が私達を迎える。
「お帰りなさいませ坊ちゃま……それにご婚約者様も、ようこそいらっしゃいました」
恭しく頭を下げる女性。
「ただいま鈴本さん……父さんはもう帰ってる?」
「はい。さきほど坊っちゃんより5分ほど早くお帰りになられました」
「そうか……母さんも今日は家にいるんだよね?」
「はい。奥様もご在宅です……。さぁ皆さんお待ちです、ご案内します」
私は『皆さん』という部分が気になったが突っ込むことはせず、鈴本さんと呼ばれた家政婦の女性のあとに続いた。
「旦那様方……零一坊ちゃまとご婚約者の藤堂様がご到着です」
正月の宴席でも訪れたリビングに通され、学園長ときらりさん、そしてお祖母様の深雪さんが私達を迎える。
全員揃って、上月家家族会議の第二幕というわけか……。
「こんばんは、本日は招待頂きありがとうございます」
私がいつものように丁寧にペコリとお辞儀をすると、
「あぁ……よく来てくれた。まぁ座りたまえ」
と学園長が言ったので、私は零一くんとリビングにあったソファに座った。
テーブルには裏返しの封筒が一つ置かれている。
誰も喋り始めないので、私が呼び出された理由を聞くことにした。
「それで……私を呼んだ要件をお聞きしても……?」
「要件は君と零一の今後についてだよ」
学園長がそれだけ言った。
「父さん、僕と藤堂さんの今後ってどういうこと?」
零一くんが素直にその真意を問う。
「零一、お前はこのまま上手く行けば東王大学に、そして藤堂さんは国際教養学部に進学するわけだが……その後も二人はお付き合いを続けていくのか、それとも結婚するのかを聞いている」
「それは……お付き合いを続けていくことになると思うよ。僕らの間では、結婚はお互いに学問を修めた後でってことで決まっているんだ。だから結婚は大分先の話になると思うよ」
「そうか……その間はどうするつもりだ?」
「その間……っていうと?」
質問の意味が分からず、零一くんが聞き返す。
「その間、互いに何をするのかと聞いている」
「それは……お付き合いをするし、僕は理論物理学を、藤堂さんは国際教養を学んで、それから……そうだ。藤堂さんは夢のハリウッド女優に向けて精進するんじゃないかな。ね? 藤堂さん?」
「はい。そのようになるかと思います」
私達が二人でそう答えると、あからさまに学園長の表情が歪んだ。
「つまり、藤堂さんは大学在学中もハリウッド女優になるという夢を追いかけ続けると?」
「はい。そうなるかと……」
恐る恐る私が答える。
「それは些か無謀なことではないかね? ましてやゆくゆくは我が上月家へ嫁いで貰うことになる君が、いつまでもそんな浮ついたことに拘泥しているのは頂けないな。止める気はないのかね?」
語気を強めて、学園長が、零一くんのお父さんが言った。
「父さん! それは藤堂さんのアイデンティティを否定する提案だよ! 僕は到底認められない」
零一くんがきっと睨み返しながら言うが、しかし学園長は引き下がらない。
「しかしだ。そんな浮ついたことに躍起になっている者を上月家の嫁になどとは到底受け入れられない。藤堂さんがどうしてもと言うならば、今すぐに藤堂さんとは別れるべきだ零一」
「そんなこと! 僕は絶対に藤堂さんとは別れないよ!!」
そうして口論を始める零一くんと零一くんのお父さん。
私は、ひっそりとスマホを開きカレンダーを確認する。
もし零一くんと今日この日で交際関係を解消することになれば、あと私に残された日数は1ヶ月と少し。その間に新たな交際相手を見つけられなければ、大学への入学もなしになってしまう。どうしたらいいのだろうか……。
「……どうかな、藤堂さん。ハリウッド女優になるという夢は高校に置いていくというのは? きらりもそれが良いと思うだろう?」
零一くんとの口論の最中、学園長が私に問う。
「つまり……私に夢を高校生までで諦めろと……?」
「無論、既に応募しているオーディションを途中辞退しろとは言わないさ……」
「それでしたら、私、既にオーディションに一つ応募中です。それを最後にしろと言いたいのでしょうか?」
「あぁ……それがいい……それでそのオーディションの話なんだがね。君が応募した八重プロダクションのことだ」
唐突に話が私が応募したオーディションのことになった。
どういうことだろうか?
それに何故私が八重プロの新人女優オーディションに応募したことを知っているのだろう?
「実は八重プロダクションの社長さんとは大変仲良くさせて貰っている昔馴染みでね……先日お会いした折に、ウチの嫁が、藤堂さんがハリウッド女優を目指しているという話をしたら、『その娘ならオーディションに応募してきていたよ』と教えてくれてね。それで書類を預かってきている」
そう言ってテーブルに置かれていた封筒を私へと渡してきた。
封筒には株式会社八重プロダクションと書かれている。
私は封筒を受け取ると、開いた。
「藤堂碧様、厳正なる選考の結果……今回は残念ながらご期待に添えない結果となりました……?」
私が文面を掻い摘んで読み上げる。
嘘だ……落ちた……? それもまた書類審査で……?
今度こそ行けると思っていたのに……。
私の混乱をよそに、学園長が話を続ける。
「そうか……残念だったね。それでどうだい? 今回で夢を諦めるというのは……?」
それに零一くんが凄い剣幕で意見する。
「父さん! まさか裏から手を回したんじゃないだろうね! もしそんなことをしていたら、僕は絶対に父さんを許さないよ……!!」
「人聞きの悪い事を言うものではないぞ零一。なぁきらり? お前もそう思うだろう?」
「それは……私からは何も……」
きらりさんは私と零一くんとのことを遺伝的相性だけで認めている。何も言うことはないのだろう。しかし、この夫婦……何か夫婦として致命的な部分が欠落している気がする……。
「父さん! 僕は藤堂さんの夢も含めて彼女の事が好きなんだ! だから絶対に藤堂さんに夢を諦めさせたりはしないよ!! ね? 藤堂さん」
「はい。出来れば私は夢を諦めたくはないです!」
私は混乱しながらも零一くんのバックアップもあり、夢を諦めたくないことをしっかりと伝えた。
「それでは……婚約を解消しなさい零一」
「父さん!?」
「藤堂さんは我が上月家には相応しくない人だった……それだけだ」
目を瞑り、言い切る零一くんのお父さん。
「そんなこと! 黙ってはいって言うとでも思ってるの?!」
「これは決定事項だ!
藤堂さんがいま夢を諦められないというのならば、お前の相手には相応しくない!」
「そんなこと! 僕は認めないよ! それに第一、僕はもう18歳だ! 3月5日の卒業式を終えれば高校生も終わりで、4月1日からは大学生で立派に成人だよ父さん!
だから僕に父さんの意見に付き合う義務はない!
例え父さんがそれで大学の学費を払わないと言ったところで、僕を家から追い出すと言ったとしても、僕は決して藤堂さんを、碧さんを手放したりはしないよ!!
僕らはずっと一緒だ! ね、碧さん!」
零一くんがきっぱりと言い切り、私との交際を解消しない意を伝える。
「はい。私と零一くんのお付き合いを認めて下さい!!」
私も零一くんに呼応し、はっきりと言いきった。
零一くん、初めて名前で呼んでくれた。
「ぐっ……本気なのか零一!」
零一くんの覚悟と共に論破されてしまった学園長はたまらず嗚咽を漏らした。
「僕は本気だよ父さん! だから碧さんの夢を壊そうだなんてやめてよね!」
「しかし、上月家の嫁たる者がハリウッド女優などと……そうだろう美知……きらり!」
「……?」
今、学園長は間違いなく美知流と言おうとしたに違いない。
きらりではなく美知流……学園長の秘書さんの名前だ。
やはり……この人……浮気しているのではないだろうか?
そんな疑念が私の中に大きく芽生える。
ここは大きく賭けに出るべきではないだろうか?
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