39 冬休みの勉強

 冬休み。2054年1月4日。日曜日。自室。


「受かりますように……!」


 私は言いながらスマホの送信ボタンを押した。

 受付締め切りはもう少しだけ先だったが、余裕を持って送ることに決めたのだ。


 これでオーディションへ書類を送ったのは何回目だろうか?

 3回目以降は数えるのをやめていた。


 きっと受かるに違いないという想いと、絶対に受かるという気概だけは無限にある。


「操だって私の演技力は認めてくれているのです。書類審査さえ通過すれば……」


 そんな独り言を言いながら、私は自室を出た。


「碧、今日はこのあと上月くんが来るんでしょう?」

「うん。その予定」

「碧の部屋へ招くって話だったけれど、なにをするの?」


 母さんは「うふふ」と事ありげに笑う。

 だがしかし、母さんとて私が婚前交渉否定派なことくらいは知っている。

 にも関わらずのこの発言は私をからかってのものだ。


「勉強」


 そう一言だけ答えて、私は零一くんが来た時ようにとお菓子を自室へと運ぶと、再びリビングで零一くんが来るのを待っていた。

 待っている間に父が起きてくる。


「やぁおはよう。上月くんはまだ?」

「はい。まだです」

「そうか……」


 そうして10分ほどして午前10時になって暫くした頃、チャイムが鳴った。


「母さん、私が出るから!」

「はいはい」


 母さんへそう告げ、私は玄関へと急ぐ。


「はい。いま開けます」


 そうしてドアを開けると、零一くんの姿が現れた。


「やあ、こんにちは藤堂さん。本日はお邪魔します!」

「はい。いらっしゃいませ。どうぞ上がってください」


 私が零一くんを招き入れると、彼は「その前にこれ、つまらないものだけど」と菓子折りを1つ私へと渡してきた。


「ありがとうございます。気にしなくても良かったのに」


 私が元旦に上月家を訪れた時には、手ぶらで寄っていたのだ。

 だから上月くんも気にする必要性はなかったのに。


「そういうわけには行かないよ。

 クリスマスパーティのときは手ぶらでお邪魔しちゃったから……」


 そう言えばそうだったかもしれない。

 今回は、零一くんなりに気を使ってのことらしい。


「さぁどうぞ、上がってください」

「うん。お邪魔しまーす」


 零一くんが我が家に入り、私はクリスマスパーティの時とは違い、自室へと案内した。


「どうぞ、粗末な場所ですが……」

「わぁ……僕、女の子の部屋って初めて入ったよ」


 そしてくんくんと鼻を鳴らす零一くん。


「なんだか良い匂いがする……!」

「そうでしょうか?」


 私は照れくさくなって、足早に一人でテーブルに着いた。

 遅れて零一くんがやってきて私の対面に座る。


「どうしましょうか? 私、飲み物を用意してきましょうか?」


 勉強道具を取り出す零一くんの傍ら、いたたまれなくなった私がそう聞く。

 しかし――ドアがノックされた。


「はい」


 私が答えると、母が部屋のドアを開ける。


「こんにちは上月くん」

「あ、お邪魔してます!」


 咄嗟に立って挨拶しようとする零一くんだったが、母がそれを制すると「これ飲み物!」と温かいお茶をテーブルの上に置いた。


「ありがとうございます!」

「うん。それじゃあ、ごゆっくり。勉強頑張ってね」


 母はそれだけ言うと私の部屋を去っていった。


「飲み物も着たし、勉強頑張ろっか!」


 零一くんが私に言う。


「はい。頑張りましょう!」


 私は簡潔に答え、勉強に集中することにした。


 そうして1時間ほどが経ち、休憩にと私はスナック菓子を開いた。


「どうぞ」

「あ、ありがとう」


 スナック菓子を摘みつつ、私は零一くんに問う。


「零一くん。実際のところ合格できそうなんでしょうか?」


 なにしろ相手は天下の東王大学である。

 もし万一合格できなかったとしても、別に気にする必要性はないのだ。

 そういう意味でもいま零一くんがどんな位置にいるのかを知りたかった。


「うん。模試ではA判定を連続して取れているし、二次試験でやらかさなければたぶん問題なく合格できると思うよ」

「そうなのですか……その私、東王大学の学部には詳しくないのですが、零一くんが受けるのは何学部になるのでしょう?」

「僕が受けるのは理科一類だから、実質工学部か理学部かな」

「なるほど、工学部や理学部ですか……上月くんはもしかしてご実家は継がないおつもりですか?」

「いやどうかな……父さんも母さんもそれを望んでいるみたいだからさ。僕としては理論物理学の道を進んでみたいって思ってるだけだよ。それもどこまで出来るかは分からないから、本当に将来の進路については分からないってのが素直なところかな」

「そうでしたか……」


 私が理論物理学のことが分からず考え込んでいると、はっと夢のことを思い出した。


「零一くんは夢が本当にあるパラレルワールドでのことだって話、どう思います?」

「夢がパラレルワールド?」

「はい」


 私は量子脳理論のことも交えて軽く説明する。

 すると零一くんは難しい顔をして考え込むと、話し始めた。


「僕は量子脳理論のことは詳しくは知らないけど、魂が量子の働きで生じているって話はなんとなくそうじゃないかなって思うよ。というかこのことを頭ごなしに否定する科学者ってそんなに多くないんじゃないかな。まだ量子力学については分からないことが多くあるからね。正直言って分からないって言うのが自然だと思う。ただ僕は直感として、魂や意識に量子が関与しているっていうのはあるなって思う」

「そうですか……」

「でも、夢がパラレルワールドだって話には懐疑的かな……。

 結構突拍子もない夢を僕はたくさん見るんだ。例えば、自在に空を飛び回ったりとかね。

 もしそんな世界があったら物理法則が崩壊していきそうで、なんだか素直にあるって思えなくてさ。それに……ほら前に話したことあるけど、僕がよく見る女の子を誰かに奪われる夢……あれが現実とは思いたくないんだよね……!」

「なるほど、確かに……」


 零一くんは真っ直ぐ真剣な瞳で私を見ていた。

 そんな真剣に見つめられて、私は恥ずかしくて視線を逸し、「私は誰かに奪われたりはしませんよ……!」と小さな声で言うと、零一くんは「うん……!」と答えた。

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