38 来訪者

 お互いにキスをして笑いあった直後、唐突にドアをノックする音が零一くんの部屋に鳴り響いた。


「はい! 誰だろう。待ってて藤堂さん」


 零一くんがそれだけ言ってドアを開き、訪問者に対して数度応答すると「入って下さい」と居室への入室を許可した。

 一体誰が来たのだろう? 私が居てもいいのだろうか?

 私が内申ドギマギしていると、零一くんの部屋に一人の老婆が入ってきた。

 齢80は超えているように見えたが、しかし足腰はしっかりしているようでキビキビとした動作だ。表情は比較的険しい表情をしているように見えた。


 しかし、老婆は私の着物姿を見てすぐに表情を穏やかな笑顔へと変えた。


「あらあらまぁまぁ、綺麗な婚約者さんだこと……!」


 老婆は笑顔で私を舐め回すように見る。

 そして老婆の入室を確認しドアを閉めた零一くんが口を開いた。


「藤堂さん。こちら僕の祖母の深雪みゆきです」

「まぁ……! お祖母様ですか?!」


 私は驚いてベッドから腰を上げ、そしてその場所を「こちらへどうぞ」とお祖母さんへと譲った。


「あぁ! ありがとうありがとう」


 零一くんのお祖母さん、深雪さんがベッドへと腰を下ろし、私が立って頭を下げる。


「お祖母様、この度零一くんと婚約させて頂きました藤堂碧と申します」

「あらあら、改まってどうもご丁寧にありがとう。零一の祖母の上月深雪です」

「お祖母様は、今朝みんなに顔を出してからさっさと自室へ籠もってしまっていたんだ。だからさっきまでの昼食時にはみんなと一緒に居なかったんだよ」


 零一くんが説明する。


「私はあまり人が多いのは得意でなくてね! でも今朝、零一が婚約者を昼頃連れてくると言っていたろう? それで気になってたから見に来たのよ。それがまぁこんなに可愛らしいお嬢さんがお着物で来てるだなんて思っていなかったわ!」


 深雪さんは「もっとよくお着物を見せて頂戴」と私に回転するよう促した。

 なので私はくるりと一回転して見せる。


「どうでしょうか?」

「えぇ……とっても似合っているわよ碧ちゃん」

「ありがとうございます」


 私がそう言って微笑むと、零一くんが苦笑しながら「お祖母様、藤堂さんの着物姿を見に来ただけなの?」と言った。


「いいえ? どんななのか少しお話をしようと思ってきたのよ。零一が選んだ娘ですもの、別に疑おうというわけではないの。ただお話がしてみたかっただけよ? それとも二人きりのところにお邪魔だったかしら?」

「いや別に、そんなことはないけれど……ね? 藤堂さん」

「はい。歓迎します深雪お祖母様」

「そう? 良かったわ! ささ、碧ちゃんも座って座って!」


 そう言って深雪さんが私の座るスペースを空けてくれたので、私はお言葉に甘えて深雪さんの右側へと座る。


「そうね……単刀直入に聞いて悪いのだけれど、碧ちゃんは零一のどこが好きになったのかしら?」

「はい。とても誠実なところ……でしょうか」

「そう! 私も我が孫ながら同じように思うわ」


 深雪さんが嬉しそうに微笑む。


「それから……私がよく淡々と丁寧に接するのですが、零一くんはそんな私でも酷く畏まったりせず、とても優しく対応してくれるところでしょうか……」


 私が机の椅子に腰掛けた零一くんを見やると、零一くんは恥ずかしそうに右頬を掻いた。


「そう! 碧ちゃんは丁寧な娘なのね!」

「はい。よく真面目過ぎると知り合いには言われます」

「でもそこが藤堂さんの良いところなんだと僕は思うよ」

「あら……! 零一は碧ちゃんにゾッコンなのね。うふふふふ」


 深雪さんは楽しそうに笑った。


 それから、私の家族構成の話や学校でのことなど色々と聞かれ、私は父や母の他に親友である文音や操の事も深雪さんに話した。

 その全てを興味深そうに聞いていた深雪さんだったが、私が話し終えたところで時計を見て「あら! もう30分も経ったのね」とはっとしている。


「ごめんなさいね。根堀葉掘り聞くようなことをしてしまったかしら?」

「いえ……私はお話出来てとても良かったです」

「そう! 良かったわ。碧ちゃん、これからも零一をよろしくね!」

「はい。こちらこそ!」

「それじゃあ、私はこれで……」


 ベッドから腰を上げる深雪さん。

 深雪さんは「碧ちゃんはこのあともゆっくりしていってね」と言いながら零一くんの部屋から出た。


「……ふぅ。普段はあそこまでお喋りじゃないんだよお祖母様は。藤堂さんはどうやら気に入られたみたいだね」

「そうでしょうか?」


 嫁入りするにあたっての障害を一つ突破できたようでなんだか嬉しかった。


「さぁあまり僕の部屋に長居していても何をしてたんだって皆に怪しまれるかもだから、そろそろ皆のいるリビングへ戻ろうか?」

「はい。分かりました」


 零一くんに言われるままに私はリビングへと戻り、再び親戚の人たちの相手をし始めた。

 そして5時になろうかという頃には屋敷を出て、着物を返すために着物屋さんへと向かった。

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