36 上月家へ
「ごめん! お待たせ! 藤堂さん」
上月くんが息を切らして神社の社務所前へとやってきた。
「お待ちしていました上月くん……下月さんは?」
「あぁ……都恋なら置いてきた。大丈夫だよ」
置いてきた? 一体どこへ? トイレのことだろうか?
なんにせよ問題は解決したようで良かった。
私はすぐに操に連絡を取ると、「上月くんが戻ってきてくれました」と伝えた。
すると、五所川原さんが操の横で「良かった、じゃあ各自解散としましょう!」と言う声が聞こえた。
「だそうです。碧、大丈夫ですか?」
「はい。私は問題ありません」
「ではまた後日学校で!」
「はい。また学校で」
操との通話を終えると、文音と斉藤さんにも解散の意を伝える。
「おっけー。じゃあ解散で! 行こう波瑠兄!」
「あぁ……上月くんもまた……!」
「はい。今日はありがとうございました!」
文音が去り際に「よく分かんないけど、二人きりになれるんだし後は上手くやんなよ!」と私に言った。
上手くとはどういうことでしょうか文音……。
文音の言葉の意味を考えていると、私は上月くんの為に学業成就のお守りを買っていたことに気が付いた。上月くんに向き合いお守りを渡す。
「上月くん。これ学業成就のお守りです。勉強頑張ってください」
「あぁ! 色々あって忘れてたよ、ありがとう! 大切にするよ」
「はい」
「それで……藤堂さん、この後のことなんだけれど……」
「はい」
「実は親族皆に藤堂さんを紹介しろって言われててさ……。もし良かったらだけど、このあとウチまで付き合って貰えないかな? お昼ごはんはウチで出すから!」
「はい。お着物の返却期限が18時までなので、それに間に合うようであれば……」
「うん! それには間に合わせるようにするよ。ところで藤堂さんは……その、着物でのトイレは大丈夫かな?」
上月くんが顔を赤くして問う。
「はい。母からクリップを使って着物を帯付近で止めて済ませるように教わりました。洋式トイレであれば問題はないかと」
私が淡々と答えると、「そっか! それなら良かった」と上月くんは表情を素に戻した。
「それじゃあ行こうか!」
上月くんが私に左腕を差し出す。
私はその腕にしがみつくと、私達は上月家へと足を向けた。
∬
「こちら……婚約者の藤堂碧さん!」
「初めまして、藤堂碧と申します」
上月くんと共に、こんな挨拶を何度繰り返しただろうか、お正月に上月家へと来ている親戚の方々はとても多く、屋敷には人が溢れかえっていた。
私はまだ上月くんと交際契約の間柄だというのに、こうして親族の皆さんに挨拶なんてしても良いのだろうか? と思いながらも、淡々と挨拶をこなしていた。
お昼時だったので、お酌をしながらの挨拶だ。
「下月の叔母さん……こちら婚約者の藤堂碧さんです」
「初めまして、藤堂碧と申します……」
「あら……連れてこられたのね……。
零一くん。都恋はどこへ?」
下月の叔母さんと呼ばれた女性はそう言って都恋ちゃんの行方を聞く。
「あぁ……はい。神社のある駅付近で別れました……」
苦笑しながらそう答える上月くん。
「ふーんそう。あの子、上手くやれなかったのね。
まぁいいわ。よろしくね碧ちゃん」
素っ気なくそんな挨拶をされ、上手くやれなかったとはどういうことだろうか? と上月くんの顔を見やるが、彼も苦笑するばかりで内心が見えてこなかった。
私達はそうして親戚中の人々にお酌をしながら挨拶をして周り、ようやく自分たちの食事へとありついた。
上月家のお抱えシェフ特製のおせち料理の数々に私は大満足だ。
「藤堂さん。食べ終わったら、良ければ僕の部屋へ招待しようと思うんだけど、どうかな? あ、別に変な意味とかじゃないから! 僕の部屋なら親族の人たちも寄り付かないから休まると思って!」
上月くんの部屋へ誘われ、私は一瞬田中くんとのことが脳裏を掠める。
しかし上月くんも婚前交渉否定派なのは分かっている。
だからそんなことはされないだろうと思った。
きっと上月くんも彼なりに親戚だらけの屋敷の中で私の休める場所を探してくれたのだ。
「はい。お邪魔させて頂きます」
私はそう答える。
「そっか。良かった。じゃあおせち食べちゃおう!」
上月くんが言い、私達はおせち料理を楽しんだ。
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