33 クリスマスイヴ

 私と上月くんの二人は、電車に揺られ30分ほどで自宅へ着いた。


「どうぞ。粗末なところですが」


 謙遜しそう口にし、上月くんを家に上がるよう促す。


「いえいえ、お邪魔します」

「遅かったじゃない碧!」


 入ってすぐ母さんに出迎えられ、私達はリビングへ。

 そこに荷物を置くとダイニングキッチンへと行く。


「母さん、もう料理の準備は出来たの?」

「あとはオーブンでもう少し七面鳥を焼くだけよ。

 もう帰ってくるの遅いんだから、碧に手伝って貰えそうなことがもうないわ」

「すみません。僕がプレゼント選びに付き合わせてしまったもので……」

「あら、そうなの? 良いプレゼントもらえたの碧?」

「はい」


 私は小さく答え、胸元のネックレスを指し示す。


「あら、良いわね! 娘の為にありがとうね上月くん」

「いえ……喜んで貰えているようで良かったです」

「ささ、上月くんは座って座って! 碧はお皿の準備をお願いね」


 すると「ただいまー」と声がして、父が帰ってきた。


「父さん、ちゃんとシャンメリー買ってきてくれた?」


 私が問うと、父は買い物袋を掲げた。


「あぁもちろん! それと僕と祐奈さんが飲むシャンパンもね!

 お! 上月くん来てるね! いらっしゃい!」

「はい。お邪魔させて頂いています」


 上月くんが立ち上がって父、武人を出迎える。


「いいよいいよ、ゲストは座ってなって!」

「はい。すみません」

「祐奈さん。ワイングラスどこだったかな?」

「食器棚の奥ね。洗わないと駄目よ?」

「じゃあ碧、お願い」

「はい」


 父に言われ、私は食器棚の奥から出されたワイングラスを4つ洗剤を付けて洗う。

 そうして暫くして七面鳥が焼き上がり、私達3人家族と上月くんとが席についた。

 父と私とが各々シャンパンとシャンメリーとをグラスに注ぎ、そして父が乾杯の音頭を取る。


「それじゃ、メリークリスマス!」

「メリークリスマス!」


 私と母、そして上月くんとが応え、我が家のクリスマス会が始まった。


「さぁ上月くん、貴方のためにたくさん作ったのよ!」


 母が上月くんにたくさん食べなさいと暗に伝える。


「はい! 頂きます!」


 上月くんは焼き上がったばかりの七面鳥の足を豪快に頬張り、そして「美味しいです!」と一言だけ感想を述べた。


 私も七面鳥を食べる。

 口に入れた時に多少ぱさついているのが気になったが、味はとても美味しい。


「どう? 碧」

「はい。美味しいです」

「そう! 頑張って下処理した甲斐があったわ」


 母が喜び、自身の口にも七面鳥を運び「うん美味しい!」と唸る。


 私は母が作ってあったポテトサラダを突き、上月くんにも「食べますか?」と聞いた。


「あぁ、うん。貰うよ」

「では私が取り分けさせて頂きます」


 そうしてポテトサラダを盛り終わると、父が「じゃあプレゼントを出そうかな」と言った。


「そうね!」


 母が応じ、二人してダイニングキッチンをあとにする。


「私も……失礼します」


 上月くんに失礼して、私も事前に用意していたプレゼントを取りに2階にある自分の部屋へと向かった。

 そして事前に買っておいた机の上に置かれたプレゼント袋を手に、1階へと戻る。


「喜んでくれるといいのですが……」


 階段を下りつつそう呟く私。


「お待たせしました」

「お帰り」


 上月くんが笑顔で出迎えてくれる。

 父と母もプレゼントを手に戻ってきたようだった。


「じゃあまずはお父さんとお母さんからこれを碧に……」

「ありがとう……開けていい?」


 父が私に母と共同のプレゼントを渡し、私が開けていいか尋ねると、二人はゆっくりと頷いた。包装紙に包まれた物は軽く、そのカサつく音からも布製品であることが分かった。


 包装紙を開けると、そこにはチェックのマフラーが一つあった。


「これからの時期寒くなるから! 確か今のマフラーは中学からずっと使ってるでしょう?」

「はい。ありがとうございます」


 母の言うように、もう古いからそろそろ新しい物が欲しいと思っていたのだ。

 私は両親にお礼を言うと、母が父へ、そして父が母へプレゼントを渡していた。


 お互いにプレゼントを交換し、満足げな表情の父と母を横目に私は上月くんへのプレゼントを渡す。


「これ上月くんにプレゼントです」

「ありがとう! 開けていいかな?」

「はい。どうぞ」


 上月くんがプレゼント袋から箱を取り出し、包装紙を剥がしていく。

 そして出てきた箱を開ける上月くん。


「これは……シャーペンかな?」

「はい」


 取り出されたのはドイツ製のお高いメカニカルシャープペンシルだ。

 受験勉強を頑張るという上月くんには文房具が最適かなと思ったのだ。


「ありがとう! こんな良いもの貰って……勉強頑張らなくっちゃな」


 上月くんが私にそう笑いかける。

 喜んでもらえたようだ。


「上月くんから碧へは何が?」


 父が私に聞き、私は再び胸元にあるネックレスを指し示す。


「先程、上月くんと手作りしてきた自信作です」

「ほぉ……手作りアクセサリーか。二人の思い出の品だね、いいね」


 父が私と上月くんの自信作を褒め、私もとても嬉しくて笑う。

 きっと今の私はいつもはあまり見せない笑顔を浮かべていることだろう。


 私がそう思っていると、父が話し始めた。


「二人がこうしてウチに来てくれたのも嬉しいけれど、まだ付き合って3ヶ月かそこらで婚約しているっていうんだから驚きだよ」

「えぇ、そうね。ゆくゆくは碧は上月家へ嫁ぐことになるのかしら。寂しいわ」


 母のそんな一言に私は衝撃を受けた。

 考えてみれば、このまま行けば私は父と母を残して上月家へと嫁ぐことになってしまうのだ。

 無論、母も父もまだまだ40代で若いが、あと30年もすれば年老いた老人になってしまうのだ。けれどそこには私は一緒に居てあげることが出来ない。

 私は愛する家族である父と母がそんな状態に陥ることに一抹の不安を覚えた。

 単位を得るのが優先で、上月くんの家族構成にまで考えが及んでいなかったのだ。


「そうだと思うけれど、母さん。私できる限りウチのことも考えるから……!」

「そんな心配……今からまだ早いわよ!」

「ははは! 確かに一人娘を嫁にやるってことは自分たちの事もよく考えないとな」


 母が私の心配に呆れ、父が豪快に笑う。


「それは……申し訳ありません。ですが僕もできる限りお二人のお世話をできるようにしますので……」


 上月くんが一人娘である私を貰い受けることを心底悪そうに言った。


「いやね、上月くん。今どき80まで現役で働くような人だって多い時代だよ。

 そうそう心配してもらわなくたって僕らだって大丈夫さ!」


 父が豪語し、心配しなくていいのだと胸を張る。


「さぁ若い二人の初めてのクリスマスイヴなんだ。しみったれた話はまた後!

 いまはパーティを楽しもう! さぁ上月くんもう一杯どうだい?」


 父がシャンメリーのボトルを上月くんに向けると、上月くんは「あ、頂きます!」とグラスを傾けた。


 私はと言えば、父と母を二人だけで残すことにまだ不安が残っていた。

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