28 第一回上月家会議その1
翌日。上月くんから連絡が来た。
「本当にすみません藤堂さん。父が話がしたいと言って譲らず……今日放課後、学園長室へ来てくれとのことです。母さんも呼んであるらしいです」
そのメッセージに私は「了解しました。上月くんのせいではありませんから」と返すと、私はお昼のお弁当をつつく。
私の気落ちした様子に気付いたのか、文音が心配するように言った。
「どした? 碧? なんかあった?」
「はい。今日放課後、学園長室で上月くんのご両親と上月くんを交えて話をすることになりまして……」
「へぇ? もしかして碧の夢の話かな?」
「はい。そのようです」
あれからクラス内で馬鹿にされることこそなかったが、複数クラス合同での体育の授業などでクスクスと笑われることは何度となくあった。
私には文音という親友がいつも一緒にいるので余り気にしてはいないが、上月くんの方はどうだろうか?
もしかして学園で虐められてたりなんて……いえ、まさかそんなことはないでしょう。
私はふるふると小さく首を振って気を持ち直すと、お昼休憩が終わってしまわない内にお弁当を平らげた。
∬
放課後。私がAクラスへと上月くんを迎えに行くと、上月くんがすぐに気付いたようで笑顔でこちらへ向かってくる。
上月くんにクラスで虐められているような様子はなかった。
私は杞憂だったとほっと胸を撫で下ろしつつ、これから赴く戦場である学園長室を思う。
上月くんと別れろなんて言われたらどうしようか?
私の心の内を大きく支配していたのは、そんな心配だった。
上月家の嫁となるべき者がハリウッド女優だなどと外部の活動に現を抜かすなんてけしからん! なんて言われて、交際や私の夢を否定されたりしたらどうしようか?
私の夢を否定されるだけならばまだ良い。
もし交際を否定されて、別れさせられることになんてなってしまったら、私は今から大学の入学までに交際相手を一から探さなければならなくなってしまう。
そんなことになれば、正直言って絶望的だ。
「あの、上月くん」
「はい?」
学園長室へ向かう傍ら、私は上月くんに聞いておくことにした。
「その、私達の交際契約に関してですが、大学に行ってもまだ有効でしょうか?」
「え? どうしてそんなことを?」
「実は……」
私は上月くんに大学側が入学条件として、パートナーを有していることをあげてきていることを伝えた。すると上月くんが「そんなことあるんですね……」と驚いた様子を見せる。
「交際契約についてですが、大学に行っても有効だと考えて頂いて構いません。さすがに入学が差し迫った時期に、いきなり契約解消だなんてしたりはしませんよ」
「そうですか……ありがとうございます」
「いえ……僕の方こそ最近都恋が余り絡んで来なくなって助かってるんですから!」
と上月くんが笑う。
そう言えば、交際しているというのに私は上月くんに進学や就職のことを聞き忘れている。
いま聞いてしまおう。
「それと……上月くんは進学されるのでしょうか? それとも就職を……?」
「あぁ、僕は進学です。理系の国公立大学を受験するつもりです」
「理系の国公立大学と言いますと……都立大学でしょうか? それとも工業大学を?」
あるいは他県の大学だろうか? そうなると大学での単位のかかった授業の時に面倒なことになるかもしれない。
「あ、いえ……自分で言うのもちょっと恥ずかしいんですが東王大学を受けようかと……」
「東王大学ですか!? 上月くん、凄く優秀なのですね」
私が驚きの声を上げると、上月くんが「いえ、受かるかどうかも分かりませんから」と謙遜する様子を見せた。
そんな話をしている内に学園長室の前にたどり着いた。
私は上月くんの顔を見やる。
すると上月くんがゆっくりと頷き、私は恐る恐る学園長室のドアを叩いた。
「どうぞ」
学園長の――上月くんのお父さんの声が聞こえ、私達はドアを開けた。
「失礼します」
見れば、上月くんのお父さんである学園長とお母さんであるきらりさんがいた。
「よく来てくれたね、取り敢えず座りなさい」
学園長が言い、私と上月くんはソファに腰掛けた。
私の左に上月くんが、そして私の正面にきらりさんが腰掛ける。
そしてきらりさんの右隣に学園長が腰を落ち着けて切り出す。
「まずは知っているとは思うが挨拶といこうか。
私が上月総合学園学園長で零一の父、上月健流です。
それから私の妻で零一の母である上月きらり。
そして我が息子、上月零一だ」
「藤堂碧です。3ヶ月ほど前から零一くんとお付き合いさせて頂いています」
私はペコリといつものように丁寧に頭を下げる。
一体これは何の話し合いなんだろうか?
私としては、個々の問題は片付いているように感じていた。
私と上月くんの交際契約は私達二人の秘密。
次にDNAマッチングの話もきらりさんとの間で話がついている。
そして私の夢の話も――噂が広まっているということに対策は出来ないだろう。
「ではまず零一。藤堂碧さんとお付き合いしているという話だが?」
「うん。学園長……じゃなくてこの場では父さんと呼ばせてもらうよ。
父さん。藤堂さんの言っている通り、僕らは舞踏会を機会に交際することになって3ヶ月になるんだ。二人の間はすこぶる順調だよ。父さんの介入なんて必要ないくらいにね」
「そうか。私も教員用コンキン! アプリを通して、お前が藤堂さんとお付き合いしていることは承知しているつもりだった……」
「父さんに藤堂さんのことを報告しなかったのは、まだ僕らが付き合いたてでどうなるか分からない間柄だったから……とでも思ってくれていいよ」
上月くんが私とのことをそう説明する。
「それで? DNAマッチングを藤堂さんと行ったんだろう?」
上月くんのお父さんがきらりさんを横目で見た。
「えぇ……結果はHLA遺伝子マッチング率87%。
日本人同士にしてはかなり高い数値よ。遺伝的病気などの問題もなかったわ」
きらりさんが上月くんのお父さんに報告する。
「そうか……HLA遺伝子マッチング率87%……。それはかなり高い数値だ。
それで、きらりは二人の交際を認めたんだね?」
「はい……。私としてはそういう話を零一と事前にしていて、マッチング率は関係なしに遺伝的病気の問題が二人の間になければ認めるという約束をしていたので……」
「そうか、それできらりは二人を認めたと……?」
「はい……」
「そうか……」
きらりさんの説明に納得するように顎に手を添える上月くんのお父さん。
「それでは私も二人の交際を認めよう……そう言いたいところだったんだがね……?」
上月くんのお父さんが私を見た。
「なんでも、君の噂が学園中に流れていると聞いた」
「父さん! それは……!」
「零一は黙っていなさい! 私は藤堂さんに聞こうとしているんだ!」
一喝され黙り込む上月くん。真剣な眼差しで私を見やる上月くんのお父さん。
「はい……。3週間ほど前のお話になります。
私が零一くんにDNAマッチングアソシエーションの新宿センターで助けられた後のお話です」
「零一に助けられた……?」
上月くんのお父さんが眉間に皺を刻む。
「はい。意に沿わないお相手とのお見合いをしていたところ、上月くんに助けて頂きました」
「ちょっと碧ちゃん!」
きらりさんが慌てた様子で私の名前を呼ぶ。
「なんだ、どういうことだきらり?」
「それは……碧ちゃんのDNA検査をしたら、マッチング精度98%なんて素晴らしいお相手が見つかったものだから、私は良かれと思って……」
「マッチングを仲介したのか?」
「はい……」
「ふむ……」
上月くんのお父さんが考え込むようにしている。
私は話を続けた。
「それで、上月くんに助けられた後の話です。
きらりさんからメッセージアプリで通話がかかってきて、そして私はお断りする意味も込めて、自分の夢を上月くんときらりさんに披露したんです。
その時、場所は公園だったのですが、興奮して少々大きな声で喋ってしまいました。それが噂の広まることになった原因かと……」
「ふむ……それでその夢がハリウッド女優になることだと……?」
「はい……!」
私は真剣に返事を返した。
私の夢は例え上月くんのお父さんであったとしても馬鹿になどさせるものか。
そんな思いだった。
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