26 噂の広まり

 進路相談を終え、早くお昼を食べてしまおうと教室へ入ったその時だった。


「私、ハリウッド女優になるのが夢なんです!」


 そんな声が教室にいたクラスメイト女子から発せられる。


「ちょっとやめなって、ほら本人来てるし」

「あ、やば」


 そんな会話が聞こえ、私は恥ずかしく思いながら自分の席へと着いた。

 既にお昼を食べ終えたらしい文音が、「碧、気にすること無いよ……!」と慰めてくれた。


「どうやら公園で聞かれてしまったようです」

「そっか……まぁ壮大な夢ではあるからね……」

「私といると文音まで悪く言われてしまうかもしれません」


 私が弱気になってそう口にすると、


「それは別に……! 私は全然気にしないから!

 それよりも上月くんが心配だね、公園で一緒だったんでしょう?」


 と文音は上月くんのことを案じた。

 確かに、私はただの女生徒に過ぎないが、上月くんは学園の有名人である。

 噂の餌食になっていてもおかしくはない。


「私、聞いてみます」


 私は早速スマホを取り出し、メッセージアプリを開いた。


「上月くん。もしや私の夢の噂でご迷惑をお掛けしていないでしょうか?

 もしそうでしたら本当に申し訳ありません」


 返事は数分で返ってきた。


「あぁ……それでしたら実は何度か。

 お前、そういうのが好きなのかよって言われたりしましたけど、そうだよ! って返してやりました笑。藤堂さんは気にせず! とても良い夢だと思います」


 私は内心恥ずかしくて沸騰してしまいそうになりながらも、「そうですか、ならば良かったです」と返した。


「上月くんなんだって?」

「何度か絡まれたらしいんですが、気にしないでくれだそうです。

 逆にとても良い夢だと激励して頂きました」

「そっか良かったじゃん……! それもだけど、先生に呼ばれたのはなんだったの?」

「あぁ……忘れていました。国際教養学部合格だそうです」

「え? マジ? おめでとう碧!」

「はい。ありがとうございます」


 私はまだ赤い顔でペコリとお辞儀。そして懸念事項を文音に伝えることにした。


「ですが……入学時にパートナーがいることが入学条件だと言われました」

「え? それって問題あるの? 上月くんがいるじゃん」

「それはそうなのですが、上月くんのお気持ちが変わるかもしれませんし……」

「うーん、私の見立てじゃそれはないと思うけどなぁ。

 もしそうだったら、噂の餌食になってる時点で交際解消を切り出されると思うよ?」

「そうでしょうか?」

「そうだって!」


 それならば良いのだけれど……。

 そう思いながら私は文音との会話を終え、さっさとお弁当を始末することにした。




   ∬




「噂は聞きましたけれど、何もそんなに馬鹿にしなくても……!」


 操との練習が終わり談笑するなか、操が憤慨する。

 今日は女子バスケ部は休みで、私達二人以外誰も居ない体育館には操の憤慨した声がよく響いた。


「そもそも、プロでそれなりに活躍している私と対等に渡り合えるだけの演技が碧にはできるんですから、なにも気後れする必要性はありません!

 堂々とハリウッド女優を目指せばいいんです!

 碧の演技力は、不肖この私が保証します!!」


 操が豪語し、ポンポンと自身の胸のあたりをゆっくり2度叩いた。


「その、ありがとうございます操。

 そこまで言って頂けると、恥ずかしさも消えてしまいました」

「はい! 私で良ければいつでも碧を励ましますから!」

「はい。ありがとうございます……おかげで何の憂いもなくオーディションに応募できそうです」


 私が応募しようとしているのは、女優として事務所に所属するためのオーディションだ。

 大手事務所のオーディションが開かれるので今年も応募しようと思っている。


「私、応援しています!」


 操がファイティングポーズを取って言い、私が「はい。頑張ります!」と応えた。


 女優を目指す上では事務所への所属が遅すぎると言っても過言ではない。

 もっと早くに女優としてのキャリアを積み上げていてる同年代が腐るほどいるのだ。

 無論、いきなり渡米してハリウッドでのオーディションを受けるという手もあるにはある。

 しかし私はまず日本で女優として成功するつもりだった。


「それで操、話は変わるのですが」

「はい? なんでしょう」

「操はクリスマスはどのように過ごす予定でしょうか?」

「それは……」


 操が尻込みするかのような様子を見せる。


「すみません、立ち入ったことをお聞きして」

「いえ、いいんです。

 実はクリスマスはイヴに五所川原さんにディナーに誘われました」


 操が笑顔を見せる。


「それは……良かったですね操」

「はい! あともう少しお誘いされるのが遅かったら、私の方からお誘いするところでした」


 舌先をちょろっと出して操は続けて言う。


「なにせ私の一目惚れから始まったお付き合いですから、私の方からお誘いするのが筋なのかな? とか考えたりもしたんですよ? でも五所川原さんの方から誘って頂いて、私も愛されてるのかな? なんて考えたりしちゃって」

「それはきっとそうですよ。

 五所川原さんもお仕事が忙しい中誘ってくれたのでしょうから」

「そうでしょうか?」


 操が顔を赤くしながら両手を頬に当てる。


「そうです。そうに決まっています。

 そうじゃなかったら親友として私が怒ります!」


 私の言に操が私を見て、私達二人は顔を見合わせるとフフフと笑った。


「そう言う碧はクリスマスは零一くんと?」

「はい。我が家でのクリスマスパーティにお誘いしました」

「まぁ! それはそれで勇気が要りますね!」

「母、祐奈が腕によりをかけた料理を作るそうです。

 私も少し手伝いなさいと言われているんです」

「わぁ……! それでは零一くんに手料理を出すんですね!」

「はい。母との合作ですがそうなるかと……」


 舌の肥えている上月くんのことだから、本当に頑張って料理を作らないと残念な気分を味あわせてしまうかもしれない。

 私は気が気ではないが、母は妙に自身ありげだった。


 私は操との練習と談笑を終え、今日は女子バスケ部がいないため体育館の使用が終わったことを伝える為に職員室へと向かった。

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