22 零一の介入と夢
「藤堂さん!」
「零一くん!?」
思わず名字ではなく彼の名を呼ぶ私。
ずかずかと和室に靴も脱がずに突入してきた上月くんが言い放った。
「こんな人とお見合いだなんて、僕は認めた覚えはないです!」
「いきなり、なんなんですか君は!」
秋月さんが困惑するように声を荒げる。
そして和室のドアの先から慌てた様子のきらりさんがやってきた。
「ちょっと零一!!」
きらりさんが声をかけるが、上月くんは止まらない。
「何って……僕はこの藤堂碧さんの彼氏! 交際相手です!! ほら! コンキン! アプリでもこうしてマッチングしています!!」
そう言ってコンキン! を開いたスマホ画面を見せつける上月くん。
「な……! それじゃあ僕は他の男性と既にマッチングしている女性を紹介されたと……?」
秋月さんが困惑を深める。
「僕は母が勝手に始めたこのバカみたいなお見合いをぶち壊しにきました!
そういうわけですから、藤堂さんは頂いていきます!
さぁ、行こう! 藤堂さん!」
「はい……!」
私は上月くんに腕を引かれると、マッチング会場となっていた和室を後にしようとする。
「待ちなさい零一! こんなことして、許されると思っているの!?」
和室の入口に立ちふさがるきらりさん。
「許されないのは母さんの方じゃないか、勝手に藤堂さんを巻き込んで!
さぁ、行くよ! 藤堂さん!」
上月くんは「どいてよ母さん!」ときらりさんを押し退けると、私の手を握る。
私達はそのままDNA教新宿センターを出ていった。
∬
新宿駅西口から都庁を越え、新宿中央公園まで逃げるように急ぎ足で歩いてきた私達は、そのまま公園で休憩することにした。
「はぁはぁ……藤堂さん、大丈夫だった……?」
「はい。私は大丈夫ですが……」
息を切らしている上月くんが心配だった。
「私、飲み物を買ってきます……!」
「いいよ……心配しなくて、大丈夫だから……はぁ……」
上月くんは大きく息を吐き、そして吸った。
「うん、大丈夫。もう大丈夫だから」
「本当ですか……?」
「うん、本当本当!」
そうしてバンバンと自身の胸を叩く上月くんに、私は笑ってしまった。
私が笑ったのを見て、上月くんも笑い出す。
「フフフ……私、まさかお見合い中に助けられるとまでは思っていませんでした……!」
「アハハ……僕も、『藤堂さんは頂いていきます!』なんて言う日が来るとは思ってなかったよ」
そう言って見つめ合い、再び笑い出す私達。
ひとしきり笑った後、上月くんが切り出した。
「でも……いつも見る夢のようにならなくて良かった……!」
「夢……ですか。確か以前伺った……」
「うん。大好きな女の子を他の男に奪われる夢!」
私はその台詞に、自分が大好きと言われているのではないかと気付き、顔が赤くなる思いだ。
「夢ですか……あのですね上月くん」
「うん?」
「夢違いなんですが……お話があります」
私がそう言ったときのことだった。
メッセージアプリから通話が来たことを示す着信音が流れる。
ちょうど良い……そう思った私は通話を取った。
「はい。藤堂です」
「ちょっと碧ちゃん! 今どこにいるの? 早く戻ってらっしゃい。今ならまだ先方にはなんとか言い訳できるから、ね!?」
「聞いてください、きらりさん。お話があります」
「話……?」
私はスマホをスピーカーモードにすると、大きく息を吸い込み、大声で言った。
「私、藤堂碧はハリウッド女優になるのが夢なんです!!」
言った。言ってやった。
私の大声での主張に、上月くんだけでなく周りにいた公園利用客までが私を見た。
本当だったら恥ずかしかったのかもしれない。
だからこそ今まで操くらいにしか打ち明けたことがなかったのだ。
でも今は晴れ晴れとした気持ちで、私は自分の夢を語れる。
「そ、そう……碧ちゃんの夢はハリウッド女優になることなのね……」
電話先で明らかに困惑しているきらりさんが手に取るように分かる。
「はい。ですから、結婚はしばらくできないんです。またこの夢を応援してくれる殿方としか結婚するつもりはありません。私、我儘なんです」
「でも、ノアさんだってそれを認めてくださるかもしれないじゃない! そうよ! 戻りなさい碧ちゃん! 戻ってノアさんにもお話したらいいわ」
どうにかして私を新宿センターへと戻らせたいきらりさん。
しかし秋月ノアさんも上月くんが現れて相当に混乱していた。
この状況で私が戻ったところで、どうにかなるとは思えない。
それに、私の目の前には先約がいる。
「そっか、ハリウッド女優……その夢、応援するよ藤堂さん!」
上月くんが笑顔で私の夢に応えてくれる。
そして、私は言った。
「聞こえましたか? きらりさん。上月くんが私の夢を応援してくれるようです。
私、上月くんと結婚するかもしれません。ですから秋月さんとはお付き合い出来ません」
「母さん聞こえる? 僕が藤堂さんとお付き合いしてるんだ。
他の男とマッチングさせようだなんてもう二度と考えないで!」
「零一……でも藤堂さんとのマッチング精度が分からないじゃない! もし万が一赤ちゃんに問題があるような二人だったら……母さんそんなの許さないわよ!」
きらりさんが大声で喚く。
「じゃあ、僕がDNA検査したらいいんだろう? それで藤堂さんとの間に問題がなければ母さんは認めるってことだ」
「それは……」
きらりさんは悩む様子を見せる。
「認めてくれないなら僕は検査はしないよ」
「分かったわ……それじゃあ零一もDNA検査をするのね?」
「うん。でも精度は関係なく、僕と藤堂さんの間に遺伝的問題が特別なければ、母さんには僕と藤堂さんの交際を認めてもらう……それでいいね?」
「……そうね……それでいいわ」
きらりさんはDNA検査を上月くんが受けるということでようやく認めたらしい。
「それじゃ、あとの始末は始めた母さんが付けて! それじゃあ」
それだけ言うと、上月くんはスマホの通話を切った。
「良かったのですか?」
私が聞くと、上月くんが「良いさ、母さんにも少しはお灸をすえる必要性があるからね。せいぜい相手の男性に詫びるといいさ」と自身の母親を突き放すように言った。
「それもですが、DNA検査の件です。あれほど受けたくなさそうにしていたのに……」
私は心配して聞く。
あれほど嫌がっていた検査を私のために受けてくれるだなんて、そんなことして貰っていいのだろうか?
「それも大丈夫。
どうせ母さんを説得するには藤堂さんとの相性を見せるしか方法はないんだ。だったら一か八かであったとしても、DNA検査を受けてその結果を突きつけるしかない。母さんは本当にDNA相性に命を賭けてるような人だからね」
「そうですか……上月くんが納得しているというのならば私は何も……」
「うん。きっといい結果が出るよ」
上月くんがそう自信満々に言った。
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