21 DNAマッチング

 約束の時間の10分ほど前にDNA教の新宿センターへ着くと、私はすぐにきらりさんを呼んだ。きらりさんが来るまで待つ間、待合室で私の相手らしき男性を探すが、しかしそれらしき男性はいなかった。女性が一人、案内のビデオを見ているのみだ。

 もしかしたら既に別室へ通されているのかもしれない。

 駅チカの商業施設をワンフロア全てというだけあって、DNA教の新宿センターはかなり広い。だからマッチング用の個室が用意されているのかもしれないと私は考えていた。


 私はスマホを開いてメッセージアプリを立ち上げる。

 しかし、上月くんからはあれから連絡はないままだった。


 私が別の男性と会うことに抵抗がないのだろうか?

 まぁ私は所詮、上月くんとは交際契約の間柄だ。

 彼も契約相手が新たな男性を探していたとしても放っておこうと考えているのかもしれない。

 そう思うと、私の胸はずきりと痛んだ。


「あら、いらっしゃい碧ちゃん! 今日はよく来てくれたわ」


 きらりさんが私を見つけ声をかける。


「はい。本日はよろしくお願いします」


 私はこれも作法とばかりに丁寧に挨拶すると、「さぁ奥へいきましょう!」と言うきらりさんに続いた。


 着いた先は和室のようだった。

 この商業施設のワンフロアに態々和室を拵えるなんて贅沢をしたものだ。


「お待たせ致しましたー!」


 私を先導していたきらりさんがそう声を上げる。

 やはり私よりも先に相手の男性が来ていたらしい。

 靴を脱ぎながら見ると、私よりも少しばかり年齢が上に見える男性と、中年の女性が二人で来ていた。

 私は男性の顔を見る。びっくりするほど掘りが深く、とても日本人には見えない。

 髪色こそ黒色だが、外国人とのハーフか何かだろうか。

 HLA遺伝子マッチング率98%とはこういうことかと思いながら対面の席へと着席する。


「ではご紹介致します。こちらHLA遺伝子マッチング率98%の藤堂碧さん。上月総合学園に通っておいでの17歳高校3年生です」


 そう紹介されて視線を向けられる。


「初めまして、藤堂碧です」


 私が短く自己紹介を終えペコリと頭を下げると、相手方が自己紹介する流れとなった。


「碧ちゃん。こちら秋月ノアさんとそのお母様の秋月圭子さんよ。ノアさんは東王大学に通ってらっしゃる秀才なのよ」


 そしてノアさんへ視線を向けるきらりさん。

 私は相手方が親御さんまで連れてきているとは聞いていない。

 どういうことですか? きらりさん。

 これではマッチングどころかお見合いではないですか。

 そう言い出したい気持ちを堪え、相手の男性を見る。


「秋月ノアです。東王大学大学院1年生です。専攻は量子情報になります」


 東王大学といえば日本で誰しもが知る日本一の大学だ。

 その大学院1年生……それもいま研究が盛んと聞く量子情報専攻ともなれば、就職は安泰間違いなしだろう。私は驚愕の表情を向ける。


「碧ちゃん、ノアさんが日本人離れしていてびっくりしているみたいね……ノアさんのお父様はフランスの総合商社の日本支社にお勤めのフランス人なのよ」


 私は納得するように「なるほど」とだけ言った。

 それではハーフという事だろう。道理で掘りが深いわけだ。


 すると、相手方のお母さんが口を開いた。


「碧ちゃんはどうしてDNAマッチングを?」


 問われ、私はきらりさんを見た。

 正直に言っていいものだろうか?


「碧ちゃんは実は私の知り合いで、それで私のススメでDNAマッチングを受けることになったんですよ、ねぇ、碧ちゃん?」


 なるほど、上月くんとのことは隠せということか。


「はい。きらりさんのススメでDNA検査を受けさせて頂きました」

「まぁきらりさんの! それならば安心ね!」


 何が安心なのだろうか?

 そう思う私だったが、相手方のお母さんは納得するように口を閉じた。


 部屋に設置されている時計を見る。

 このお見合いのようなDNAマッチングが始まって5分が経過していた。

 私は辟易してきらりさんの様子を窺う。


「それでは後は若いお二人で……」


 きらりさんがそんなとんでもない事を言い出した。

 私は内心真面目にか! ときらりさんにツッコミを入れる。

 この私と、何も知らされていないに等しい秋月さんを二人きりにする? 本気ですか。

 私は上月くんと交際関係にあることを暴露してやろうかと考えてしまう。


「そうですね……! お邪魔かしら」


 相手方のお母さんがそう答え、きらりさんに先導され部屋を出ていく。

 そして最後、和室のドアを閉めながらきらりさんが私にウインクを飛ばした。

 どうやら上月くんとのことを隠しながら上手くやれということらしい。

 自身の息子の彼女によくそんなことをできるものだと驚く私。

 私は交際契約であることを知っているが、きらりさんはそんなことは知らないのだ。

 ただの息子と交際関係にある彼女である私に、よくもこんなことをさせられる。


 私の内側に怒りに似た感情が湧き上がる。

 そんな私の思いを知らない対面に座る秋月さんが喋り始めた。


「その……藤堂さんはご趣味は?」


 これではまるでお見合いだ。しかも私の親は不在のままでだ。

 こんなことが許されてなるものか。

 そう思いながらも、この場を冷静に切り抜ける為に私が口を開こうとしたその時だった。


 バン! と和室のドアが開け放たれる。


「藤堂さん!」


 開け放たれたドアの先には、焦った様子の上月くんが立っていた。

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