18 休み明けの学校で
月曜日。私は文音と先週末にした上月くんとの初デートの話をすることにした。
一部始終を私が説明すると、文音は「ほほぉ」と唸った。
「文音、その唸り声はどういう意味でしょうか?」
「ほほぉは、ほほぉだよ」
文音はからかうような目で私を見る。
「この感情を私が言葉にするのは憚られるのです。だからほほぉ!」
「なんですかそれ。私は素直な感想が聞きたいです」
「素直な感想ね……DNA教の話だったら私も駅前で良くキャッチに合ったよ?」
「本当ですか?」
「うん。コンキン法の施行日からうるさいくらいに駅前でキャンペーン張ってたよ。ただいま政府推薦キャンペーン中で検査料無料でーすって感じでさ」
文音がキャンペーンのPRを真似るが、私はこれまで一度しか遭遇したことがなかった。だから遺伝至上主義を標榜する団体があることは知っていた。いや、他に遭遇したこともあったのかもしれないが、自分のことに必死過ぎて気付けなかっただけかもしれない。
「それにしても政府推薦なのですね?」
「あーそれね。本当はコンキン! アプリ使った恋愛活動の応援じゃなくて、DNA教の提案するHLA遺伝子ってので強制的にマッチングする話もあったんだってさ。
でもそれがあまりにも非人権的だってことでなしになったとかなんとか。
ただ、HLA遺伝子ってのが合ってると、丈夫で健康な赤ちゃんが生まれやすいとかで結局政府もDNA教の検査を推奨するようになったらしいね」
「……詳しいですね? 文音」
私はどうしてこんなに詳しいのかと疑問を投げかけた。
「うん……実は波瑠兄が私とマッチングしなかったらDNA検査やろうとしてたらしく、これ全部波瑠兄の受け売りなんだ……てへ」
文音が舌をちょろっと出して笑顔を作る。
その笑顔には幸せが滲んでいて、幼馴染のお兄さんと上手く行っていることを窺わせる。
「なるほど、斉藤さんが……それでそんなに詳しいんですね。
納得しました。文音が一人でDNA教について調べるわけもありませんよね。
なにせ文音は斉藤さんが大好きですから」
「なによー良いだろ別にー。てかそのお母さんってのがDNA教の幹部なんでしょ?
友達登録もしちゃったって言うけど、特になんか言ってきたりしてないわけ?」
「それが……今のところは何も……」
私が不可解そうにそう答えると、文音が考え込む。
「うーん。確か上月くんのお父さんとお母さんもDNAマッチングで知り合ったんでしょ?」
「はい。そのようです。だから私達にもDNA検査をして欲しかったようでした」
「じゃあやっぱり、その内また検査しないかって連絡が来るんじゃない?」
「やはりそうなるでしょうか?」
そんな話をしていたときだった。
私のスマホにメッセージが届いた通知が鳴り、「噂をすればなんとやらかな?」と文音が目を細める。スマホを開くと、やはり上月くんのお母さん――きらりさんからだ。
文面を読もうとするが、ものすごい長文だ。
「なんだって……?」
文音に問われ、私は画面を見せた。
「うわぁ……これは厄介そうだー。
ご愁傷さま碧……お母さん相手じゃ無視もできないよなぁ。
まぁ頑張んな。仮にDNA検査することになっても、マッチングさえしなければ問題ないわけだしさ! 上月くんとの遺伝的相性が確かめられてむしろラッキーかも!」
文音がそう感想を漏らし、ポジティブな態度で私を慰めてくれる。
私は文音の感想を聞きながら、きらりさんが送ってきた長文を読んでいた。
数分して、一応ながら読み終わった。
「それで、具体的になんだって?」
「今日あたり、一度DNA教のセンターが新宿にあるから来てみないか、だそうです」
「上月くんも一緒に?」
「いいえ……私一人で来てほしいらしいですね……文音一緒に……」
「私はパス! 波瑠兄以外とマッチングする気なんて全然ないからさ……! そうでなくても未だに駅とかでナンパされるってのに、これ以上厄介事は増やしたくありません!」
「そうですか……」
私がしゅんとしていると、文音が「まぁ頑張るしかないね」とぽんと私の頭の上に手を乗せて撫でた。
∬
新宿駅へと向かう傍ら、私は自身の境遇を考えていた。
こんきん法の成立とコンキン! アプリの提供。
そして単位の為の彼氏探しのマッチング。
本当に色々なことがあった。
そのほとんどはマッチングしてからもお茶して振られるというだけだったのだけれど、中には女子からいいねされたのが初めてだったからとりあえず会ってみたという考えの人も大勢いた。
真剣に私とお付き合いをしようという人間は誰一人としていなかったのだ。
私としては、結婚を前提としたお付き合いであること、婚前交渉否定派であること、そして子供は一人以上欲しいこと、この3点セットはどうしても譲れない思いだった。
だからこそ私と付き合おうという相手が現れなかったとしても、それでいいと思っている節がかなりあった。実際問題、私も単位の為と焦って、好きでもない相手にいいねを多くしていたからだ。相手も私にたいして興味を抱いていない人なのは明白だった。
それは上月くんも同じかもしれない……。
なにせ私達はあくまでも交際契約をしているからだ。
気楽で気軽な交際契約。
操に紹介され上月くんと出会った時のことを思い出す。
私のプロフィール3点セットに真面目に答えてくれた上月くん。
私はあの時嬉しかったのだ。自分の信条が初めて馬鹿にされず受け入れてもらえた気がした。
しかし都恋ちゃんから逃げる為の私だということを知り、今ではなんだか寂しい。
そして舞踏会。
ドレスを着て化粧をして上月くんに腕を引かれた思い出。
気恥ずかしくもあったけれど、楽しくもあったゆっくりとしたダンスといえないような舞踏。
そして切り出された交際の延長――交際契約。
都恋ちゃんが諦めるまでの間の一時的な契約。
二人だけの秘密の契約。私と一緒にいるのが気が楽だと言ってくれた上月くん。
私はあの言葉が嬉しかった。私もそうですとは言えなかったのが心残りだった。
それから運動会でのひと悶着を乗り越えての遊園地デート。
真っ先に思い出すのは大観覧車に乗ったときのことだ。
上月くんの一人だけ女の子が欲しいという夢。その名前まで考えられていたことにはびっくりしたけれど、私も上月くんとそんなことをする日がくるのかと考えてしまった。
そして再び言ってくれた、私と居ると私と居ると心が落ち着くという一言。
私も同じですとは言えなかったが、嬉しいということは伝えられて良かった。
そして私は観覧車でのことを思い出すと同時に、占いの館でのタロット占いの結果を思い出していた。
The Hanged Man。吊るされた男。
私はいま正に男のように身動き取れない状態におかれているかもしれない。
このままDNA教のもとへと赴けば、きっとDNA検査することは免れ得ない。
しかし、タロットの通りならば自己犠牲――困難を乗り越えればかけがえのない何かを得られるという。
かけがえのない何かとは一体なんだろうか? 私の頭にはDNAマッチングを乗り越えて、上月くんのお母さんに認めてもらえる未来が思い浮かぶ。
そんな未来は本当はないかもしれない。しかしタロットの通りならば……?
私は新宿駅に降り立ち、「頑張りましょう……!」とだけ誰にも聞こえないように小さく呟いた。
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