17 碧の夢と零一の心情
昼食を終え、メリーゴーラウンドなど一通りのアトラクションを楽しんだ私達は、最後に大観覧車に乗ることにした。
時刻は4時を回ろうとしている。
順番がやってきて、私と上月くんの二人は観覧車へと乗り込んだ。
「それでは11分の間、空中散歩をお楽しみください!」
係員がドアを閉めた。
「そう言えば、上月くんのお母さん、まるで女優さんのように綺麗な方でしたね」
「……そうかな? あまり言われたこと無いけど」
「はい。一瞬、DNA教のPRで雇われた女優さんかなにかと思ってしまいました」
「そんな……大袈裟だよ」
上月くんはそう言って苦笑する。
「実は私、夢があるんです」
「夢?」
「はい。そのために毎週3日、操と一緒に練習もしているんですよ」
「へぇーそれは応援しなきゃだね」
「はい。是非、よろしくお願いします!」
この言い方だと声優である操同様、私も声優になるのが夢だと上月くんは思うかもしれない。
しかし、私の夢は操とは別だ……。
そして私は上月くんにも「夢はありますか?」と聞いた。
すると恥ずかしそうに俯いた上月くんが教えてくれる。
「僕の昔からの夢は都恋じゃない彼女を作って、恋愛して結婚。
それから一人だけ女の子を作るのが夢かな……?
名前も考えちゃったりして、少し妄想が過ぎるよね」
上月くんは恥ずかしそうに頭を掻く。
どんな名前を考えているのだろう? 変な名前だったら嫌だけれど気になる。
ゆくゆくは私が上月くんとの子供を生むことになるかもしれないわけで……。
いや、交際契約の段階でこんなことを考えるのは早すぎるのかもしれない。
そもそも私は上月くんと、子供を作る行為に及ぶどころかキスすらしたことだってないのだから、早すぎる心配というものだ。
「名前ですか……? どんな名前でしょう」
「凛とか……あと冬に生まれたなら冬に凛って書いて
「凛さんに冬凛さん……良いお名前ですね」
上月くんが地味な夢を語ってくれた。
一人だけ子供が欲しいというのは前にも聞いたことがあったが、名前まで考えているとは思わなかった。それも女の子が欲しいらしい。何故だろうか? 思い切って聞いてみることにした。
「その、女の子が欲しいというのは、どうしてでしょう?」
「うーん、なんでかな。ちょっと男性恐怖症的な側面が僕にあるからかもしれないけど、詳しくは断定できないかな……?」
「男性恐怖症的側面ですか……?」
私が眉を動かして驚く。そんなことは聞いたことがなかった。
男性が苦手なのだろうか?
「いや……これもまた恥ずかしい話なんだけど、昔から良く夢に見るんだ。大好きな女の子を誰かに奪われる夢をさ。だからかな、ちょっぴり男性恐怖症気味なんだ」
上月くんは思い出すのが嫌なようで、頭を振りながら言う。
「なるほど、それでですか……」
「うん。ほんと恥ずかしい話だけどね……! でもなんだか藤堂さんには言っても良いって思えたんだ。なんでだろうね……?」
「さぁ……なんででしょうか?」
二人で顔を見合わせて、ふふふと笑う。
「本当に……なんでだろうな。藤堂さんといると心が落ち着くっていうか、自分の素のままで居られるっていうか……なんだかとても安心するんだ」
「私達が交際契約の間柄だからでしょうか?」
「うん、もしかしたらそうかもしれない。都恋から解放されて、気軽な交際契約をしてるからそれが原因なのかも……」
上月くんがそう言って自身の顎に右手を添える。
私はなんだか少しだけ嬉しくなって、誰にもわからないくらいに微笑んだ。
「もしかして、いま笑った? 藤堂さん」
「な……! バレてしまいましたか?」
「うん。いや、なんとなくだけど……でもどうして?」
上月くんが私に笑った真意を問う。
私は仕方なく真意を白状することにした。
「なんと言いますか……嬉しかったんです」
「……何が?」
「上月くんが私と一緒に居るのが落ち着くとか素のままで居られるって言ってくれたことが……です」
交際契約を超えて好きになってしまっているからかもしれない……。
しかしそんなことは口にしない。ただ事実のみを私は言った。
「そっか。僕は藤堂さんの丁寧で物静かな感じが好きなのかも?」
「そうですか、それは良かったです」
私は今度は彼にも分かるように微笑んだ。
そうこうしている内に、大観覧車が一周したようだった。
私達は観覧車を降りると、遊園地の出口へと歩き出した。
出口を出て行きと同じように最寄駅までバスに乗り、そしてそこから新宿まで電車に乗った。
新宿駅構内で別れることになり、私は別れの挨拶を切り出した。
「今日はありがとうございました。色々あったけれど楽しかったです」
本心だった。紛うことなき本心で楽しかったと思った。
上月くんはどうだろうか? 私はこっそりと彼の表情を窺う。
「僕も楽しかったです。またどこかへ出掛けましょう」
そう言う上月くんの表情は楽しそうであり、また少し寂しげに私には見えた。
まだ一緒に居たいな……そう思っているのは私だけだろうか?
その気にさえなれば、夜になってイルミネーションイベントで飾られた遊園地を散策することもできたというのに、もう新宿に帰ってきてしまったという事実が、悲しさを私の中に生んでいた。
そんな内心を気取られないように、でもこれはあくまで交際契約なのですからと自分に言い聞かせ、最後の別れの挨拶を絞り出した。
「はい。ではまた……!」
「うん。さようなら藤堂さん」
上月くんと別れて電車に揺られ、私は午後6時前には家へと帰り着いた。
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