16 DNA教
占いの館を出て少し歩くと、なにやら館横のスペースで白いテントを建てて配りものをしているお姉さんに出会った。
「こんにちはDNAマッチングアソシエーションです。お話良いでしょうか?」
「あ、はい」
私が咄嗟にそう答えてパンフレットを受け取ってしまい、上月くんが顔を曇らせる。
「本日、DNAマッチングのご紹介をさせて頂いております。ただいま政府推奨キャンペーン中で検査料金無料となっております。彼氏さんとのDNAマッチング精度を調べる為にも是非ご利用ください」
「はい……? DNAマッチングですか?」
「はい。HLA遺伝子をお調べして、よりそれが乖離した相性の良い相手とのマッチングをさせて頂いております」
そうお姉さんに紹介されるが、しかしマッチングなら間に合っている。
私は上月くんを見た。
するとなにやら唾棄するかのような目で私が持っているパンフレットを見ている。
「上月くん……?」
私が声をかけるが返事がない。
どうしたものかと思っていると、スペースの奥からもう一人女性が現れた。
女性は綺麗な人だった。
黒色の良く手入れされた髪――それをボブカットにして前髪を右に流し。紫色のスーツを着込んだ女性。
一目に見て女優さんかなにかだろうかと思った。
年齢は30後半くらいに見える。
「あら……どうかしましたか……?」
「いえ、こちらのお客さんが……」
私が「申し訳ありません。何でもありません」と謝罪の言葉を口にし、「さぁ、行きましょう上月くん」と声をかける。
すると綺麗な女性がなにかに気付いた。
「あら……零一じゃない?」
その言葉に私ははっとして女性を見た。
「零一、零一よね? 見間違いじゃないわ。
そうか! 私が渡したチケット、使ってくれたのね?」
女性がそう言って私達に近づいてくる。
「……母さん」
上月くんがそうぽつりと口にする。
え? お母さん? どういうことだろうか。
「それじゃあそちらがこの間舞踏会をご一緒したお嬢さんかしら?」
事情を知っているのか。挨拶せねばなるまい。
「あ、はい。藤堂碧と申します」
私はいつものようにペコリと頭を下げた。
「藤堂碧さんと言うのね! 私、上月きらり――零一の母です。もうこの子ったら私にも健流さんにもそういうこと全然話さないのよ! ただ都恋ちゃんの代わりが見つかったから妹に断っておいてくれってだけで」
「はぁ、なるほど」
私がどうしたものかと上月くんを見やるが反応がない。
「そうだ、良かったら奥で話さない? 待ってていまお茶を出すから」
そんな話になったところで、ようやく上月くんが喋り始めた。
「母さん。いいよさっき僕たち飲み物を飲んだところだから」
「あら……そう? でもほら、DNAマッチングの話。藤堂さんにも聞いて貰いたいじゃない」
そう言って手を合わせる上月くんのお母さん。
「それは母さんはそうかもしれないけど、僕らはデート中で……」
「藤堂さんはお子さんは欲しいと思っているのかしら?」
上月くんを遮るように私に質問する上月くんのお母さん。
「あ、はい……ええと、私は一人以上子供をほしいと思っています」
コンキン! のプロフィールにも書かれていることなのでまぁいいだろうと上月くんのお母さんに教える私。するとお母さんは「まぁ! 最近の若い子にしてはちゃんと考えているのね!」ととても嬉しそうに笑った。
「だったら尚更よ。零一とのマッチング精度を確かめておきたいじゃない?
あ、藤堂さんこれ私のメッセージアプリ! 友達追加お願いしてもいいかしら?」
「あ、はい。私なんかでよろしければ……」
そう会話して流れるようにメッセージアプリで友だち追加を行い、私は上月くんのお母さん――きらりさんと友達になった。
「母さんはそう言うけど、僕はあまりDNAマッチングには……」
「まぁまぁ零一。遺伝的にどうしたって相性が悪いペアっていうのはあるのよ。私達のマッチング判定ではそういう潜在的遺伝的不和もきっちり検査して結果を出すから安心なのよ。いえね、都恋ちゃんじゃなくて良かったとはお母さん思っているのよ。でも藤堂さんとも万が一ってこともあるから……ね?」
そう言って遺伝子検査キットを取り出すきらりさん。
しかし上月くんが一際大きな声で「だから僕らはやらないってば!」と言い、その様子に私も「DNA検査をやるかどうか、もう少し考えさせてください……」と頭を下げた。
「あら……そこまで言うなら仕方ないわね。デート楽しんでらっしゃい」
これ以上は口論になると思ったのだろう。上月くんのお母さんも引き際は弁えていたようだ。
「行こう。藤堂さん。お昼でも食べよう」
「はい……。失礼しますお母さん」
「えぇ、またね藤堂さん」
私達はそうしてスペースを離れ、昼食を取れるレストランエリアへと足を伸ばした。
そうして注文を済ませテーブルに付くと、ようやく上月くんが気まずそうに話し始めた。
「ごめん藤堂さん……!」
「はい? なんのことでしょう?」
無論、お母さんのことを謝っているのは分かってはいたが、それでも話をする為に素知らぬ顔をしてみることにした。
「母さんの――DNA教のことだよ」
「DNA教ですか……?」
初めて聞く単語だ。
まるで何かの宗教のようだ。
「うん。正式名称はDNAマッチングアソシエーションって言うんだけどさ、巷じゃDNA教で通ってるから僕はそっちを使うんだ……」
上月くんが吐露するように言う。
「はぁDNA教……お母さんがその会員さんなのですか?」
「うん……会員というよりは日本支部の幹部をやってるよ」
「幹部ですか……それはまた……」
大変そうですねと言いそうになって口を噤む私。
まだ上月くんがどう思っているのかが明確じゃないのに、勝手に同調しても困るだろう。
「うん……昔から熱心にDNAマッチングを推奨する活動をしててね。それで父とも出会ったらしいんだ」
「お父さんとお母さんはDNAマッチングで?」
「うん。そうらしい」
「それは……」
こんな優秀な子が育ったならば大成功だったのではないかと思ってしまう私。
でも上月くんは幼い頃から心臓が悪いとも聞いている。
それはDNA相性ではどうにもならない病気だったのだろうか?
「……でも、僕は生まれつき心臓が弱く生まれた。
だからDNAマッチングには懐疑的でさ。母とはそのことでよくぶつかるんだ。
今回のチケットもタダでもらったけど、まさか中で母たちが活動してるとは思ってなくて……だからごめん藤堂さん。迷惑をかけて」
「はぁ……いえ、私は別に構いませんよ少し勧誘されたぐらいじゃないですか」
それにちょっぴりではあるが私と上月くんのDNAマッチング精度というのも気にはなる。
けれど、それは口に出さないことにした。
DNA教のことを話していたら注文した料理が完成したらしい。
ウェイトレスさんが料理を運んできてくれた。
私達はDNA教の話は忘れ、料理に舌鼓を打つことにした。
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