11 舞踏会その2

 ダンスとも言えないようなゆっくりとした舞を終えた私達は、疲れたので端にあるテーブル席に着いた。テーブルには軽食が用意されていたので、私はそれを一つだけ摘む。


「キャビアとクリームチーズのカナッペでしょうか? 私、キャビア初めて食べました」

「そっか、美味しい?」

「はい。とても濃厚なお味がします」

「それなら僕も一つ食べようかな……うん良い感じ。安物だとただ塩っぱいだけなんだけど……これはそうじゃないね」


 上月くんがそのようにキャビアとクリームチーズのカナッペの感想を言い、やはりお金持ちなんだろうという気配を感じさせた。


「その上月くん。今日は本当にありがとうございました。私、単位が取れないかもって考えていたので本当に助かりました」


 私がそうお礼を述べると、上月くんがびっくりした表情をする。


「それはこっちの台詞だよ! 都恋が居たからかな……。みんな僕を避けてるみたいで全然相手が見つからなかったんだ。だからこちらこそありがとう藤堂さん。矢張さんにもお礼を言わないとね……!」


 上月くんが真剣な表情で私にお礼を言う。


「そう言えば、操は見かけませんね?」

「うん、そうだね。なにか聞いてる?」

「いいえ……」


 一体どうしたと言うのだろうか? 単位がかかっている特別授業なのに……。

 そう思っていると入り口の方から1組の男女がやってきた。

 操だ!


 深緑色のサテンのロングドレスを纏った操が招待状のチェックを済ませて入り口からやってくる。私は立ち上がり、操へと近づく。


「操! 遅いじゃないですか」

「あら碧、それに零一さん。おはようございます」


 操は呑気に午後だと言うのに業界風に『おはようございます』と挨拶を返す。


「おはようじゃないですよ。どうしたんですか? 遅いじゃないですか」

「それが……今日どうしても断れない仕事が午前中にありまして……仕事が押して遅くなってしまいました」


 操は「てへへ」と言いながら微笑む。


「単位の方は大丈夫なんですか?」

「それは、はい。お仕事で遅れた事をお伝えしたところ、パートナーもしっかり連れているし大丈夫だと先生方に入り口で言って頂けました」

「そうですか。それは良かったです」


 単位は大丈夫とのことで私がほっと胸を撫で下ろすと、操の横にいたパートナーの男性が口を開いた。


「矢張さん。こちらは?」

「あぁ……こちら私の小学校からの親友の藤堂碧さん、それにパートナーの上月零一さんです。碧、零一くん、こちら私のパートナーで出版社に勤めていらっしゃる五所川原さんです」

「こんにちは。五所川原ごしょがわられんです」

「こんにちは。藤堂碧と申します」

「矢張さんにはお世話になっています。上月零一です」


 私達がペコペコと頭を下げると、五所川原さんが「零一くんはもしかしてこの学園の?」と聞いてきた。

 すると上月くんが頭の後ろを掻きながら「いやぁそのまぁはい。うちの学園です」と恥ずかしそうに令息であることを認めた。


「それはそれは……これだけのパーティを開けるだなんて儲かっているんだね?」

「さぁ僕は経営の方には疎くて……」

「そうか! はは、すまない」


 私は五所川原さんの方に興味があった。

 なにしろ操からは一度たりとも五所川原さんの名前が出たことがないのである。

 パートナーがいるということだけしか知らされていなかった私は聞いてみることにした。


「五所川原さんは操とはどういった経緯で……?」

「あぁ! そうか。話していないんだね矢張さん」


 操の方を見る五所川原さん。操はぺろりと舌を出した。


「実は僕は声優関連の雑誌を扱う部署にいてね。新人声優のインタビュー記事で矢張さんとは知り合ったんだ」

「それで……私の一目惚れで声をおかけしたんです」


 操が恥ずかしそうに俯きながら言った。


「いやはや、5つも離れている高校生からお誘いがあるとは思っていなかったよ。それにコンキン! の認証コードを会社に発行して貰うのも会社が慣れてなくてね、事務に頼んだらてんやわんやだったんだよ」


 五所川原さんが操と目を合わせて笑うと、上月くんが「外部とのマッチングは大変そうですね」と笑って話をしめた。


 すると何曲目かの曲が始まり、「じゃあ僕らも一度くらいは踊りましょうか矢張さん」と操を誘う五所川原さん。

 それに操が恥ずかしそうに、「はい。よろしくお願いします」と応えた。


 ダンスに向かう操達を見送り、再び私達はテーブル席へと腰を落ち着けた。

 すると上月くんの知り合いの男子生徒たちがこぞって上月くんへ声をかけ始めた。

 立ち上がって対応する上月くん。


「よぉ零一。まさか都恋ちゃんが相手じゃないとはな。驚いたぜ」

「本当だよ零一くん。僕はてっきり君は都恋ちゃんと来るものだと思っていたよ」

「そうだな……。うむ、そちらの彼女、紹介してもらっても?」


 言われ、私は立ち上がると「3Eの藤堂碧と申します」とだけ挨拶した。


「だから都恋とはそういう間柄じゃないって何度も言ったろ……それを皆が信じてくれないから、僕だって相手を探すの大変だったんだからな」


 上月くんが集まってきた男子たちにそう話し、男子たちが連れていた女子がこぞって私のいるテーブルへと集い始めた。


「こんにちは! 零一くんを射止めた相手が誰なのか気になって……私達ともお話してくれますか?」


 その内の一人の女子が私にそう声をかけた。


「はい。私でよろしければ……」


 私が畏まると、こぞって女子たちが私を質問攻めにしてくる。


「零一くんとはどうやって出会ったんですか?」

「それよりも……! ねぇ、都恋ちゃんはどうやって倒してきたの?」

「ちょっと香澄……!」

「まぁいいじゃん、ケチケチしないで教えてよ」


 私はその質問に一つ一つ答えることにした。


「まず上月くんとの出会いですが、先日親友の矢張操に紹介していただきました。

 下月都恋さんとは確かに同じ日にお会いしましたが、特に倒したとかはなく……。

 上月くんが私の単位が危ういことを知って、私を慈悲で選んでくれたものかと……」

「へぇー矢張さんの紹介かー」

「なんだ都恋ちゃんを倒してきたわけじゃないのね、あとが怖いわよ」

「ちょっと香澄、さっきからぶっちゃけ過ぎだって! 単位取れてよかったですね藤堂さん」

「はい。単位は本当に……取れてよかったです。上月くんには感謝です」


 私は本心を答え、再び上月くんに感謝した。


「単位って言えば、見かけてない子いる?」

「いるいるー」


 女三人寄ればなんとやら、わいわいとお喋りに花を咲かせる女子たち。

 そんな彼女たちの話を聞き流しながら、舞踏会の時間は過ぎていった。

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