10 舞踏会その1

 土曜昼過ぎの午後2時頃。舞踏会当日。

 会場のホテルまでは父に車で送ってもらった。


「電車じゃ衣装が万一痛むなんてことにもなりかねないからね」


 そう言う父、武人は実のところ会場入口で待ち合わせをしている上月くんを一目見たいと思っての行動のようだった。

 駐車場で父の車を降り、会場ホテル入り口で上月くんの姿を探すと、すぐに彼は見つかった。


「藤堂さん!」


 上月くんがタキシード姿でゆっくりと歩いてくる。

 そして私をエスコートしてきた父の姿を見つけ、一瞬驚くような表情を見せる上月くん。


「こちらは?」


 上月くんが私に尋ね、「父の武人です」と私が答えると、上月くんは父へと向き合う。


「初めまして、上月零一です。本日は娘さんをお貸し頂きありがとうございます!」


 頭を凄い勢いで下げる上月くん。

 父のほうがその勢いに押されてしまっているように見えた。


「初めまして、碧の父――藤堂武人です。いやそんな畏まらなくていいよ上月くん。碧も楽しんできなさい」


 父がそう言って、私を上月くんへと引き継ぐと私は上月くんと腕を組んだ。

 上月くんも緊張しているのか恥ずかしいのか、少しだけ頬の色が赤い。


「それでは行ってきます」

「行ってきます!」


 私が父に会場へ入る意を伝えると、上月くんがそれに続き、父が「あぁ、行ってらっしゃい」と私達を見送った。


 会場の大広間へ入り招待状を渡すと、私達は会場へ足を踏み入れた。

 ビュッフェならば2000人は入れそうな会場は華やかさに満ち満ちていた。


「都心でこんなに広い会場を押さえるなんて、さすがは上月総合学園ですね」


 私が正直な感想を漏らす。


「そうだねって、僕が言うとなんか自慢っぽいかな?」


 上月くんが気まずそうに笑う。

 と、そこへ声がかけられた。


「ソフトドリンクはいかがでしょうか?」


 ウェイターがカートを押しながらソフトドリンクを配っているらしい。

 上月くんが一瞬悩むような素振りを見せて聞いた。


「こちら、なんでしょうか?」

「はい。エナジードリンクとシャンメリーをご用意しております」

「ではシャンメリーを頂けますか? エナジードリンクは僕駄目で……」

「かしこまりました」


 そうして上月くんがグラスを受け取り、私も上月くんに習いシャンメリーを受け取った。

 私は気になっていた事を聞いてみることにした。


「上月くんはもしかして、カフェインが苦手なのですか?」

「あーうん……苦手というか、あまり体に合わないというか」


 上月くんはなんとも気まずそうにしていたが、意を決したのか続ける。


「こんな場所で言う事じゃないと思うんだけど、実は僕、心臓が弱いんだ」

「それは……そうなのですか?」


 初耳の情報に驚く私。


「うん。小さい頃からそうでさ、いまじゃ滅多に無いんだけれど発作を起こしたりもしてたんだ。それでカフェインを大量に接種すると少し動悸が酷くなることがあってさ。僕はコーヒーもエナジードリンクも好きなんだけどね。困った体だよハハ……」


 気まずそうにぽりぽり右頬を掻きつつ教えてくれる上月くん。


「なるほど……そうでしたか、それで下月さんがケアと仰っていたのですね」

「ケアだなんて、都恋が大袈裟過ぎるんだよ。最近じゃ全然丈夫になったから大丈夫なんだけどね」


 そんな話をしていると、文音が私を見つけたようで近寄ってくる。


「いた! やっほー碧」

「文音……!」


 青のレースドレスを着た文音。

 文音の隣には、高いヒールを履いた文音と同じか少し高いくらいの背の男性がいた。


「文音……こちらは?」


 男性が文音に問う。


「こちら私の高校からの親友の藤堂碧。それからパートナーの上月零一くん」


 文音が私達を紹介し、私達二人が「どうも上月です」「初めまして藤堂です」と続いた。

 それに応じるように男性が口を開く。


「僕は斉藤波瑠と言います。すみません今日、名刺を持ち合わせてなくて……。レイクスタというIT企業で働いています」


 それに私が反応する。


「レイクスタというとゲーム会社でもあるあの……?」

「あ、はい。ご存知ですか?」

「はい。近年良作のRPGを多数発売していることで有名ですよね。私も一作だけ遊んだことがあります」

「そっか、碧は趣味ゲームだもんね!」


 文音が納得するように言う。


 レイクスタとはここ8年ほどで数本のゲームを発売している新進気鋭のゲームメーカーだ。

 作っているゲームの殆どはRPGで、最近ではVRゲーム開発も始めたと聞く。


「ユーザーの方でしたか。それはありがとうございます」


 とペコリと斉藤さんが頭を下げる。


「それよりも! 碧、写真とろ写真! 波瑠兄よろしく!」


 文音が自身のスマホを斉藤さんに渡すと、私の腕を取った。


「仕方ありませんね……何枚かだけですよ」

「えー何枚でもいいじゃん碧のケチー。せっかく綺麗なんだから!」


 文音が文句を言い、斉藤さんが「それじゃあいくよ」とシャッターを切る。

 最初の1枚を撮った後、文音が「ポーズしてポーズ!」というので小さくピースサインをした。


「じゃあ次はほら、上月くんと並んで! 撮ってあげるから!」


 文音が私と上月くんの腕を組ませる。


「はーい! いくよー」


 何枚か写真を撮り、文音は満足したようだ。


「あとで送ってあげるから!」

「はい。よろしくお願いします」


 きっと母の祐奈が喜ぶに違いない。あとで見せてあげよう。


 私達が挨拶と写真撮影をしていると、音楽が流れ出した。

 どうやらこれで踊れということらしい。


「せっかくだから私達も踊ろっか?」


 文音がそう言い出し、私は不承不承で頷いた。

 中央のダンス領域へと向かう私達。


「私、男性と二人でのダンスなんて一度も踊ったことがありません」


 そう上月くんに告げると、「僕も初めてだよ。適当に踊ろっか」と苦笑する上月くん。


 私達は手を合わせると、音楽に合わせてか合わせずかゆっくりと揺れるように踊った。

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