12 交際契約

 舞踏会も終わりが近づいた頃、上月くんが私の横に座る。

 二人きりの舞踏会の片隅。

 上月くんがゆっくりと口を開く。


「ねぇ藤堂さん。前にハンバーガーショップで『取り敢えず舞踏会まで』って話をしたと思ったんですけど、あれ撤回させて貰っても構いませんか?」

「はい? どういうことでしょう」


 私が不思議に思い尋ねる。撤回とはどういうことだろうか?

 もう舞踏会も終わりに近づいている、何を撤回しようと言うのだろうか。


「いや、その……これからもお付き合い願えないかなと」


 上月くんは右手の人差し指で右頬を掻きながら恥ずかしそうに言う。


「それは……こちらとしては有り難いお話ですが、下月都恋さんとの件もあるのでは?」


 下月さんの名を出して聞く私。

 さきほど散々、『都恋ちゃんを倒してきたわけじゃないのね』と警告されたのだ、私だって気にはなる。

 上月くんは私の問いに「参ったな……」と言いながらゆっくりと答える。


「僕、都恋と結婚するつもりはさらさらないんです。昔から何かと僕に構ってくるけれど、僕としては妹って感じが強くて……それに親戚だし、できることなら生物学的に遠い女性の方がいいじゃないですか。遺伝で何かと問題があるって聞くし」


 何故かあまり嬉しくなさそうな顔で、上月くんが遺伝の話を持ち出す。

 嬉しくなさそうなのは何故だろうか? しかし……遺伝が重要なのはそうだろう。

 遺伝至上主義を標榜する団体もあったりもするのだ。

 上月くんが心配するのも仕方のないことだろう。


「それに……藤堂さんと一緒に居るのはなんか気が楽で……好きとかはよくわからないんですけど、出来れば僕とこのまま卒業まで交際を続けてもらえたらなと……その都恋を遠ざけるためにも……! というか都恋が諦めるまでの間の交際契約ってことでどうでしょうか?」


 上月くんが唐突にそんなことを言い出した。


「交際契約……ですか?」

「はい。二人だけの秘密の契約です。それなら藤堂さんも気が楽でしょう?」


 契約……契約か。

 確かに社会的に今後も特別授業のような形で単位が要求されたりするだろう。

 それは大学に行っても変わらないはずで、その際に毎回彼氏を探すのは骨が折れる。

 ならばいっそ上月くんと契約してしまうのが良いのではないか。

 交際契約……私にも魅力的な提案に思える。


「はい……。それでは交際契約、締結ということでよろしくお願いします」


 私は座りながらペコリと上月くんへ頭を下げる。

 すると彼は「良かった……! よろしくお願いします藤堂さん」と右手を差し出してきた。

 私が応えるように同じく右手を差し出し、がっちりと握手を交わす。


「交際契約締結ですね……!」


 上月くんがとても嬉しそうに微笑んだ。




   ∬




 午後5時。舞踏会が終わった。

 私達二人は、文音ペアと操ペアに合流。

 ホテルの入口へ向かう傍ら、私達は女子3人で写真を撮って貰った。

 男性3人が代わる代わる、私達女子3人を撮っていく。

 撮影が終わり、


「文音も操も本当にお綺麗です」


 上月くんに撮ってもらった写真を私がそう評すると、「碧も変わらないよ!」「碧も綺麗ですよ!」と二人が私のドレス姿を褒めてくれた。

 きっと良い思い出になるに違いない。


 そしてホテルの入り口へ行くと、父が迎えに来ていた。


「碧、舞踏会はどうだった?」


 父に問われ、「はい。とても緊張しましたが楽しかったです」と答える。


 父は「そうか、それは良かった」と上月くんの方を見た。


「上月くん。今日は娘の為に本当にありがとう」

「いえ……僕の方こそ……娘さんをお返しします」


 私の腕を父に預ける上月くん。


「それじゃあ、藤堂さん、また!」

「はい。またです上月くん」


 私は上月くんと別れを済ませると、文音と操にも「また休み明けに」と言いホテルを出た。

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