6 上月零一

「ちょっと操、どういうことか説明してください」


 電話が終わり、操へ向き直った私は操を問い質す。


「どういうことか、と言うと?」

「何故あの上月零一くんを私に紹介なんてしてきたかということです」


 私は操に真剣に聞き、操へスマホを返した。


「あぁやはり碧も零一くんをご存知でしたか?」

「当たり前じゃないですか、上月総合学園で彼のことを知らない3年生が居るとお思いで?」


 私はそう言って目を細める。


「そこまで言うならば既にコンキン! でいいねをしていたりしますか? そうだとしたら大変申し訳無いことをしてしまいました……」


 操がしゅんと縮こまる。


「いいえ、彼にいいねしたことはありませんが……」


 私がそう答えると、「なら良かったです!」と縮こまっていた操が元に戻った。

 しかしそれで終わる訳にはいかない。


「何故、この上月総合学園のご令息である上月零一くんを私なんかに?」


 私は操に真剣に尋ねる。

 すると操は自身の髪を指で弄びながらほんわかといつもの笑顔で答えた。


「ずばりお似合いだと思ったからです」

「はい? 私と上月くんがですか?」

「はい……!」


 操は満面の笑みだ。

 一体私と上月くんの何がお似合いだと思ったのか。


「どういうことですか?」

「はい。私の知る限りですが、零一くんも婚前交渉否定派なんです」


 操は満面の笑みで続ける。


「かの上月家のご令息ともあれば、それはもうモテるにモテるのですが零一くんはそれを全く鼻にかけないとても丁寧な人付き合いをすることで我がクラスでは知られています」


 操のクラスは3年Aクラスだ。上月くんとは同じクラスになる。

 だからこそ彼のことをよく知っているのかもしれない。

 同じ学校ならば認証コードは必要ないが、それにしてもあの有名な学園のご令息である上月零一くんを私に紹介してくるなんて……。


「……ですから、いつも丁寧で可愛らしい碧と零一くんとがお似合いだと思ったんです」


 操はそう言って締めくくる。

 だが私には懸念があった。


「そんなにおモテになるのでしたら、既に相手がいるのでは?」


 コンキン! アプリでこそ相手がいないことになっているのは私でも知っている。

 知ってはいるが、手出しすることはなかったのだ。なにせ彼がモテることくらいは3Eクラスにでさえ風の噂で伝わってきていたからである。

 そんな相手にいいねを送ってもマッチングするわけがない。

 私はそれくらいは弁えていた。


「皆さんそう思うようですが、実際には零一くんは相手がいないことで困っていたらしいのです。一昨日、化学の授業でそのようにお聞きし、手助けが出来ればと思っていたところに碧が思い浮かんでしまったのです。碧、これはチャンスです!」


 操はほんわかとした微笑を崩すことなく、私の手を取った。


「零一くんもきっと舞踏会での相手がいなくて困っているはず。そんな二人が舞踏会の出欠届け提出期限一週間前に出会うのです。私は碧と零一くんとの仲が上手くいくことに太鼓判を押します! どうか私に騙されたと思って、零一くんとお話していただけないでしょうか?」


 操が私にいつにない勢いで迫る。

 その勢いに押され、私は「そこまで言うのでしたら……」と承諾の意を伝えた。


「はい! きっと上手くいくことを祈ってますね」


 操の笑顔に見送られ、私は上月くんと待ち合わせたハンバーガーショップへと向かった。




   ∬




 ハンバーガーショップへと着き、私は店のガラス越しに上月くんの姿を探す。

 すると上月くんが手を上げて私に合図してくれた。


「私の写真でもコンキン! で見たのでしょうか?」


 それとも元々操から話を聞いて写真を見せてもらっていたのかも。

 あるいは上月総合学園の制服を着た女生徒だからなんてこともあるかもしれない。

 私は手を挙げてくれた上月くんにペコリとお辞儀すると、店に入った。

 そうして、上月くんのいる席へと向かう。


「初めまして、藤堂碧と申します」

「初めまして、上月零一です」


 席の目の前にたどり着いた私が挨拶をすると、上月くんも立ち上がって答えてくれた。

 お互いにペコペコとしながらも、「席どうぞ……!」と言われて私はひとまず荷物だけ置いた。


「まず注文を済ませてきます」

「あ、それだったらもう……アイスコーヒーで良かったですか?」


 上月くんがそう言って私にアイスコーヒーの入ったカップを差し出した。

 どうやら私の分まで先に注文して待ってくれていたらしい。


「ありがとうございます。頂きます」


 そう言いながら私はバッグからお財布を取り出すと、「これコーヒー代です」と200円を渡した。


「あ、ありがとうございます」


 私から100円玉2枚を受け取り、制服のポケットへと無造作に放り込んだ上月くんが話し始めた。


「矢張さんが親友を紹介してくださるとのことで、本日は俺なんかの為にどうもありがとうございます。実は舞踏会の相手がいなくて困ってまして……」

「いいえ、私も同じく舞踏会に一緒に出席する方がいなくて困ってましたので……」


 上月くんが頭を下げるので、私は頭を振って頭を下げる必要性はないのだと否定する。

 操の言っていた通り、今のところとても丁寧な人付き合いをする男の子に思える。


「それで……僕とお付き合いして頂けるのでしょうか?」


 照れくさそうに左人差し指で顔を掻きながら上月くんが私に聞いた。


「それは……上月くんはもしかして私のコンキン! プロフィールをご覧になりましたか?」


 質問に質問を返すようで悪いと思ったが、しかし聞いておくことにした。


「あ、はい。クラスは矢張さんから伺っていたのですが顔が分からなかったので」

「その……プロフィールにいくらか私の恋愛条件のようなものが記載されていたと思いますが、それを見てどのように……?」


 私が緊張しながら聞くと、上月くんは真面目な顔つきになった。


「あぁ……ええと、僕も結婚を前提としたお付き合いを出来れば希望します。それと、婚前交渉は……僕も否定派です。そういうのはやっぱり結婚してからですよね。あとは子供ですけど、僕は一人でいいかなと……」

「そうですか……ありがとうございます」


 きっといま私はちょっとだけ笑顔だと思う。上月くんは操の言うような男性で間違いないようだ。子供が一人だけを希望なのは相続の問題で兄弟で揉めるのを避けるためだろうか? 上月総合学園のご令息ともなれば、そのくらいのことは考えていて不思議はない。


「それで……まだ会ったばかりですし、先のことは分かりませんが、取り敢えず舞踏会までのお付き合いということでも構いませんか?」


 上月くんが私にそう聞いてきた。私としては願ったり叶ったりだ。

 単位のかかった特別授業である舞踏会を乗り切れさえすれば……。


「はい。よろしくお願いします」


 私はそう言ってペコリと頭を下げる。


「良かったです」


 上月くんも恥ずかしそうに笑い。


「では早速、コンキン! アプリで設定させてください」

「あ、僕もそうします!」


 私達はお互いにコンキン! アプリを開くと、彼氏彼女募集中トグルスイッチをオフにすると、彼氏彼女ありのボタンをオンにしようとする。


 しかし、お互いに承認した場合でなければオンにできない仕様のようだ。


「彼氏の承認コードが必要なようですね……」

「じゃあ、ひとまず僕にいいねして貰ってもいいですか?」

「はい。分かりました」


 私は3Aクラスの名簿を開くと、上月くんにいいねを押した。

 暫くして、マッチング成立の通知が届き、彼とのチャットルームが提供された。


「これ、僕の承認コードです」


 上月くんがチャットルームに彼氏彼女承認コードを書き込む。そして私も上月くんに教えて貰い、承認コードを発行。チャットルームへと書き込んだ。


 承認コードをコピーして貼り付けで入力すると、彼氏彼女がコンキン! アプリで承認された。彼氏彼女ありボタンをオンにする。これで晴れてコンキン! 上でも交際成立だ。


「よろしくお願いします」


 私が交際最初の挨拶をすると、「こちらこそ!」と上月くんも笑顔で応えてくれた。

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