5 舞踏会の招待状ともう一人の親友

「ちょっと碧! 起きろー」


 隣の席の文音に肩を揺すられて起きる私。

 どうやら寝てしまっていたらしい。

 今は本日最後のホームルームの真っ最中だ。


「藤堂さんいまは大切な舞踏会のお話をしているから寝ないように」

「はい。申し訳ありません先生」


 担任の女性教諭にそう諭され、私は突っ伏した状態から居住まいを正した。

 教諭は「よろしい」と言い説明を再開する。


 もうあれから――こんきん法の施行日から、1年5ヶ月が過ぎようとしている。

 私はと言えば、施行日から暫くの間はコンキン! アプリに頼った恋愛をしている。

 プロフィール画面には結婚を前提としたお付き合いを希望すること、婚前交渉否定派なこと、そして子供は一人以上欲しいことの3つが書かれ、制服を着た胸から上の写真が一枚鎮座している。


 このプロフィールでコンキン! に頼った恋愛をしてマッチング成立後10連敗以上を喫した。みんな婚前交渉否定派なことを悲しんだり、子供なんて先のことまで考えられないからと言ったり、結婚を前提とした付き合いであることに重さを感じたりを理由として、私とお付き合いすることを拒否してきていた。でもそんなことはプロフィールに書いてあることである。

 マッチング成立後にそんな言い訳をするのはナンセンスじゃないかと私は思う。


 私はこの三点セットは恋愛の上で必須だと思っているので変えるつもりはさらさら無いが、文音からは「碧、プロフィール画面変えてみたら?」と提案されることも一度や二度ではない。


 最近では気に入った男子にコンキン! を通してではなく、直接手紙で呼び出して告白するという古典的手法も使ってはいたが、それも立て続けに失敗している。


 私はホームルームのさなか、コンキン! の画面を見る。

 クラスメイトの9割が既にパートナー有りのハートマーク付きとなっていて、私が出遅れていることは明らかだ。


 高校からの親友の文音はと言えば、きっちりと彼女の名簿にはハートマークが刻まれている。

 話を聞くに、近所のお兄ちゃんと上手く行っているのだという。

 ニートをしていた彼も今ではIT企業で働くサラリーマンらしく、文音とは休日を使って交際しているらしい。


 そんな彼女を私は本当に羨ましく思う。

 何度か言葉にだってした。泣いてしまいながら。しかしその度に「碧に彼氏がいないのは碧が悪いからじゃないよ」と慰めてくれる文音に惚れてしまいそうになる。

 そして私は『文音が幸せになってくれて良かった』と思うのだ。


 なにせ私は十数連敗。このまま行けば単位も貰えず卒業叶わず留年ということになってしまうだろう。文音が結婚したとき、そんな私でも式に呼んで貰えるかな? なんてことを考えてぐったりしてしまう。


「それでは、皆さんに舞踏会の招待状を配ります。この半分の部分は必ずパートナーを記載して学校へ提出するように……! 期限は一週間後です。女子のドレスは先程説明したようにあまり過度な露出がされているものは避けること……!」


 そうして配られる舞踏会の招待状――もとい単位がかかっている特別授業の出欠届け。


「ドレスもまだ用意できていませんが、しかし母が縫ってくれているのでそこは心配いらなさそうですね……」


 招待状を受け取りつつ小声で呟く私。

 もう一ヶ月前には採寸を終えている。


『ちょっと太ったんじゃないの碧』


 と母である祐奈に言われたが、『恋愛のストレスで太るんです』などと適当にあしらっておいた。あれから更に太っていないことは確かだ。むしろ最近では、留年するのではないかという不安からか食事が喉を通らないことすらあるのだ。きっと私は少しだけ痩せているに違いないと思っていた。


 ホームルームが終わり放課後、私は文音に話しかけた。


「文音はドレスの用意はできたのですか?」

「あーうん。実は今日波瑠兄とこのあと買いに行く予定なんだ……!」


 とても幸せそうに笑う文音が「碧は?」と質問を返す。


「私は母が作ってくれているので、そろそろ完成するのではと……」

「へぇ、お母さん服作れるんだ? それはそれで羨ましいな」

「はい。それは良いのですが相手が……」


 私が顔をそむけて相手がいないことを口にすると、文音が「大丈夫だって! きっと相手見つかるよ。私もまだの知り合いにあたってみるから! 外部になるかもだから認証コードだけ用意しといて!」と前向きに私を慰めてくれただけでなく、まだパートナーが見つかってない知り合いに声をかけてくれるとまで約束してくれた。


「碧は今日予定は……?」

「今日はいつものように二人で体育館の壇上で練習の予定です」

「そっかそっか。なら矢張さんにも相談してみなよ」

「はい……」


 そうして私は文音と別れ、体育館へと向かった。




   ∬




「られりるれろらろ、わえいうえおわお」


 私達は発声練習をいつものように終えた。

 隣では女子バスケ部が練習していて、その騒音にも負けじと発声練習を行っていたのだ。


 私の横で操が微笑んで言った。


「はい。今日はこれくらいにしておきましょう」


 唐突な操の宣言に、私は首を傾げる。

 いくら正式な部活動や同好会活動ではないとはいえ、これだけ短い時間で練習が終わったことは今まで一度もない。


 私と操――矢張やばりみさおは、かれこれ十数年の付き合いで小学校からの同級生でもう一人の親友だ。そして演劇仲間でもあった。

 小学校中学校と演劇部に所属し二人で練習を重ね、そして上月総合学園に進学してからも2年間半ほどはこうして二人で週に3回ほど演劇練習を重ねている。

 上月総合学園に演劇部はないのだ。

 その上、同好会が認められるにしても3人からが必要だった。

 だから私と操は部でもなく同好会でもない活動を続けている。

 二人だけの演劇練習も体育館の壇上の使用許可こそ下りてはいるものの、正式な活動ではないのだ。だから私も操も帰宅部のままなのである。


 操の夢は声優さんになること……と言っても操は既にその夢を高校2年で叶えていた。

 高校生にして声優事務所に所属済みなのだ。

 それも私との演劇練習も本当はする必要性がないくらい仕事があるらしい。


 私は操に仕事があるならば演劇練習は無理をして参加しなくてもいいと伝えるのだが、その話をする度に『私は碧との練習で上手くなったんですから! それに碧との練習が一番楽しいのです』と私との練習を辞める気はないらしかった。


 そんな二人きりの練習活動。

 私は唐突な「今日はここまで」との操の宣言に不審に思って尋ねた。


「本読みはしないのですか?」

「はい。今日は碧の恋愛相談に乗ろうと思ってまして……」


 操がそう言って、スマホを開いた。

 操も私が彼氏いない歴=年齢であることは知っているし、操にも恋人はいる。

 いよいよもって単位が危なくなってきた私に、気を揉んでくれたのだろう。


「コンキン! ですか? 私、それならばもう同級生にはかなりの人数にいいねを送っていますが……」

「いいえ、今日は私の中学からの知り合いの男子生徒を操にご紹介したいです」


 操がそう言って電話をし始めた。


「……もしもし、零一くんですか? はい矢張です。先刻お話した、私の親友を零一くんにご紹介したいというお話なのですが……はい。……はい。ではお電話変わりますね」


 もしかして外部の人だろうか? それならば早く認証コードをゲットしなければマッチング出来ない。そんなことを考えていると操が私にスマホをすっと渡してきた。


「はい。お電話変わりました。藤堂碧と申します」

「あ、どうも初めまして、こうづき零一と言います」


 こうづきという名字にどんな漢字だろうか? と考える。そして真っ先にある噂を私は思い出した。率直に聞いてみることにする。


「こうづき……と言いますと、どんな漢字でしょうか?」

「あー、上に月と書いて上月です」


 それを聞き、操の方をみやる。

 黒髪ロングの癖っ毛を指で弄びながら、操はいつものようにほんわかとした微笑みをしている。


「それで、お付き合いの件なんですが……」


 上月くんが切り出す。


「はい」

「出来れば一度会って、それでお付き合いできるかどうか考えさせて貰ったらなと……」

「はい。私も同じように思います」

「それで、今日このあと空いていますか?」


 その上月くんの台詞に、私は田中くんとの1年5ヶ月前の事を思い出す。


「はい。空いてはいますが……」

「では一度会いしましょう」

「構いませんが、いつどちらで?」


 咄嗟に身構えて会う場所を聞いてしまう私。


「では5時に駅前のハンバーガーショップなんてどうですか?」


 学園最寄り駅近で会おうという上月くんの誘いにほっと胸を撫で下ろすと、「構いません」と答えた。

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