4 初デート
「ありがとうございました」
私と文音の二人は一緒にお礼を言って事務室を出た。
件のマッチングアプリの認証コードはちょうど今日から配布されていて、私達二人以外にも何人かの生徒が認証コードを求めて事務室へと来ていた。
私はそんなにもたくさんの生徒が学外での出会いを求めていることに驚愕してしまうが、しかし時代は学園長も言っていたように大恋愛時代なのだ。そういう人が居てもおかしくはない。
いずれ私が学外にパートナーを求める際にも参考になったのだから、一緒に事務室へ来て本当に良かった。
そう思いつつ、私は認証コードをゲットして嬉しそうにしている文音を見ると言った。
「お昼休みが終わっちゃう前で良かったですね」
「うん……! ありがとう碧!」
文音はそう言ってからも教室へ帰る途中、何度も感謝の言葉を口にした。
そんなに嬉しかったのなら本当に良かったと思いつつ、私は自分のスマホを見た。
田中くんとのチャットルームに田中くんが、「デートどうしましょうか?」とメッセージを残している。
それに私は「どうしましょう。デートなんて初めてなので勝手が分かりません」と返した。
デートプランは男の子が考えるものだと昔見たティーン向けファッション雑誌には書いてあったし、私は田中くんにデートプランを丸投げすることにしたのだ。
男女平等のこの時代に非道だと罵る声が聞こえてきそうだが、しかし私はデート初心者どころか恋愛ド素人なので、これくらいしか打つ手がないというのが本音なのだ。許して欲しい。
方や田中くんは文音にも告白したことがあるくらいだから、きっと他の女の子とデート経験くらいあるのではないだろうか。
そんな事を思いつつ、放課後を待った。
∬
放課後になり、田中くんから「これから空いてますか?」とのメッセージがあったので、私は「はい。空いています」とだけ返した。
私と文音は空いてる日はいつも一緒に帰るのだが、今日は別行動になりそうだ。
「文音。このあと田中くんに誘われてしまいました」
「そっか。良かったじゃん! 頑張れよ~。私も波瑠兄の家行って見るからさ!」
文音は歯を見せて笑う。
本当は私は文音に一緒にいて貰いたかったのだが、ダブルデートも断られてしまった手前そういうわけにもいかないだろう。文音は文音で幼馴染のお兄ちゃんに告白しに行くのだ。私も自分のことは自分で頑張らなければなるまい。
私は校門前で文音と別れると、田中くんを待った。
しばらくすると田中くんがやってきて「お待たせ!」と笑った。
「今日は部活は大丈夫なのですか?」
「あーうん。また明日から本格的に部活することになったんだ。それよりも、デート行こうか!」
「はい。本日はよろしくお願いします」
初めてのデートで内心ドキドキが止まらない。
なにか粗相をしたらどうしようかと思ってしまいながら、エスコートしてくれるらしい田中くんの後を私は追った。
田中くんと私は二駅ほど離れた駅で乗り継ぐと郊外へと出ていく電車に乗り込んだ。
どこへ向かう気なんだろうか?
そう思って20分ほど電車に揺られた。
そして着いたのは、埼玉県郊外の住宅地だった。
まさか……。
「着いたよ!」
田中くんが堂々と言い放ち、私は「ここは……?」と聞いた。
「いや俺ん家だけど……まぁいいや入ってよ! 実は今日親帰ってくるの遅いんだ。兄弟も親と一緒だから当分は二人っきりでいられるよ!」
「はい……?」
恋愛小説や何かでは定番の台詞に硬直してしまう私。
だっていきなり自宅デートを誘ってきて、その上「今日親帰ってくるの遅いんだ」である。
これは……。私は確認することにした。
「田中くん、私は結婚を前提としたお付き合いが希望です」
「うん? 俺もそうだけど……どうかした?」
田中くんが平然と答える。
だがこれで終わる訳にはいかない。
「もっと正確に言えば婚前交渉は否定派です」
私がそう告げると、田中くんが気まずそうに頭の後ろをぽりぽりと掻いた。
「あーそういうこと? つまり俺がやる気まんまんで家に誘ったのが気に食わないって言いたいわけだ藤堂さんは?」
途端に顔つきが変わる田中くん。
「いえ、気に食わない云々ではなく、単にお付き合いには順序があると言いたいだけです」
「ふーん……そっか、俺的にはヤッてから考えようとか思ったりしてたんだけどさ……そういうことならいいよ。じゃ、また」
田中くんはばつが悪そうに一人で家に入って行ってしまった。
取り残される私。
「じゃ、またってことは。また次があると思っているのか、単に別れの挨拶なのか果たしてどちらでしょう?」
そう一人ぽつりと呟く私だったが、まさか初めてのデートがこんな形になるだなんて思ってもいなかった。また次なんて絶対にあるものか。
私は内心そう叫びだしたい気分で、田中くん家を後にした。
∬
家へ帰り、いつもより早めにお風呂掃除をして風呂を沸かした私は、一人浴槽へと体を沈めていた。
「あのまま家に上がり込んでいたら、きっと事が終わったら終わったで、はいさようならに決まっています。私は正しい。私は悪くない」
そうぶつぶつと呟く私。未だに腸が煮えくり返るほどイライラとしている。
「体が目当てなら最初っからそう言ってほしいです。電車賃損してしまいました……!」
私はコンキン! アプリで田中くんにいいねではなく、わるいね! を押してやりたい気持ちで溢れかえったが、しかしそんなボタンはない。通報ボタンこそあったが、通報するにしても別に田中くんはこと恋愛の面では悪いことはしていないのだ。
そう、あれだけのことをしておいて悪いことにはならないのだ。
恋愛の自由度の高さに辟易してしまう。
私が婚前交渉否定派なのが悪いのか? 一瞬そんなことを考えてしまうが、いや私は正しいんだと自分に言い聞かせる。
「はぁ……馬鹿らしい。それよりも文音がどうなったのかが気になりますね」
私は文音にメッセージを送ろうかと何度も思ったが、しかし私のこの体たらくを幸せになっているかもしれない文音に知らせるのが憚られた。
「はぁ……やめましょう文音に悪いし」
あまりにも幸先の悪い大恋愛時代のスタートになった。
いまのところもう一人のいいねをしたメガネ男子堺屋くんからは、いいねが返ってくる様子はない。まぁでもそれがいいのかもしれない。
「私、いま男子のことをまともに見れる自信がありません」
皆が皆、田中くんのようなプレイボーイではないと分かってはいても、また彼のような奴だったらどうしようと思ってしまい、全ての男子をその型にはめて考えてしまいそうなのだ。
「そちらがその気なら私もそうするだけです。婚前交渉否定派なことも後でプロフィールに書いておきましょう!」
それでそんな男子達はシャットアウト出来るかもしれない。
文音はプロフィールに長文は気持ち悪いと言っていたけど、それ以外にも要求することを長文でぎっしり書き連ねたい気分になってしまっている私だった。
「はぁ……止しましょう。婚前交渉否定派と書くくらいに留めましょう」
そう言ってお風呂場の天井を見上げる私。
こんきん法施行日の私はそうして1日を終えた。
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