3 マッチング

 始業式が終わり、授業が始まるまでの間に財布に入っていた学生証とマイナンバーカードとでマッチングアプリの初期設定を終えた私はマッチングを試みることにした。

 彼氏募集中のトグルスイッチをONにする。

 プロフィール文には『結婚を前提としたお付き合いを希望します』と書いた。

 次々とオススメされてくる男子生徒。

 中には後輩の男子もいたりして、なるほどと思ってしまう。


 そうしていると最初の国語の授業が開始された。

 マッチングについてはあとで詳細を確認しよう。




   ∬




 お昼休みになり、私は最初のおすすめマッチング相手を見た。


「後輩の男子生徒ですか……」

「なになに? 碧なにやってんの?」


 文音が興味津々といった様子で私のスマホを覗き込む。


「いえ、件のマッチングアプリの彼氏募集中設定をONにしてみたのですが……」

「……え? 早速? マジ? で、どうだったの?」


 文音は驚いた様子で私のスマホへとかぶりつく。


「はい。後輩の男子生徒を最初にオススメされました」

「後輩くんか。設定は今のところ学内だけだよね?」

「はい。上月総合学園1年。田伏光一くんだそうです」


 私が名前を読み上げると、「へぇーなんか部活とかしてる子?」と文音が問う。


「いいえ、どうやら帰宅部のようですね」

「顔写真は設定されてないんだね?」

「はい。そのようです」

「んじゃまぁ取り敢えず保留じゃない? 次いこ次」


 文音は楽しそうに次へとスワイプした。


「次は……お、写真あるじゃん。2年Cクラスの堺屋弥太郎くんだってさ」


 見た目はやぼっとしたナチュラルショートの髪型でメガネをかけている。


「文音知っていますか?」

「いんや、見かけたことくらいはあるけど……」

「そうですか。部活は文芸部らしいです」

「へー文芸部、ならプロフに長文書かれてたりしないの?」


 そう聞いてくる文音だったが、プロフィール文には短文で『同級生の彼女募集中』とだけ書かれていた。


「どうやら短文派のようですね」

「ふーん、まぁ長文は長文で気持ち悪いか?」

「そういうものでしょうか? 情報がたくさん得られて良いかと思ってしまいます」


 私が素直にそう口にすると、文音が「えー気持ち悪いってぇ」と譲らない。


「碧が有りならいいねしちゃえば良いんじゃない?」


 文音が堺屋くんの写真を見ながら言い、私が「はい。メガネをかけている人は割りと好みです」と言うと、「じゃあ決まりね!」といいねボタンを押した。


 私は何故か昔からメガネをかけている人が割りと好きだった。知的に見えるからだろうか? 私自身、外ではコンタクト、家ではメガネという生活を続けているからだろうか? ちなみに文音は裸眼でメガネ等はしていないのだが、文音がメガネをした姿を想像すると知的可愛い感じでとっても良いと思ってしまう。


「じゃあ次はーあーバスケ部の田中雄大じゃん! 隣の2Fクラスだよ」

「知っている人ですか?」


 私はその快活そうな短髪の男子生徒の写真を見て尋ねる。


「まぁね、同じ中学だったんだ。うーんまぁ悪いやつじゃないよ。

 実は私、中学の時にこいつに告られたことがあるんだけどさ。

 普通に断ったんだけど、引き際も見事だったよ?」


 唐突にそんな情報を提供され、私は混乱してしまう。


「え? 田中くんに告白されたのですか? 文音」

「うん、中2のときだったかな」


 思い出すかのように右手で後ろ髪をくるくるっと巻く文音。

 私が「詳細を希望します」と反応すると、


「それより! ご飯食べないと! 早くしないとお昼終わっちゃうよ」


 と文音が私の背中をバンっと叩いた。

 そして私はその拍子で田中くんにいいねボタンを押してしまう。


「……! やってしまいました……」


 私が絶望の表情を浮かべていると、


「ごめんごめん! まぁ良いじゃん、返ってくるか分かんないし」


 と文音は笑った。


「全く仕方ないですね。今回は許してあげます」


 私はどうにも文音の笑顔に弱いらしかった。


 昼食のお弁当を広げ、文音と二人でご飯を食べ始める。

 そうして、お弁当の殆どを食べ終わったくらいのことだった。


 我がクラス2Eクラスの扉が開けられると、二人の男子生徒が姿を現した。

 このクラスの生徒ではない。

 顔をよく見ると、その二人の内一人は田中雄大くんだった。


 田中くんは知り合いを見つけたのか中へと歩いてくる。

 そうして、私と文音がお弁当を食べている席へと来ると言った。


「なぁ日向。藤堂碧さんって誰か分かるか?」


 田中くんがスマホ片手にそう尋ねてくる。


「は?」


 と文音が素っ頓狂な声を上げ、私と目を合わせる。


「碧なら、ほらこの子」


 文音が目の前の私を指し示す。


「えっ、あ、あの俺、田中雄大です。どうも……!」


 と田中くんが改まって自己紹介をしてくる。

 私もそれに習い「藤堂碧です、初めまして」と挨拶を返した。

 すると文音が田中くんのスマホを奪い取った。


「なーんだ、もう反応してきたわけ?」


 文音が私にスマホの画面を見せる。

 スマホ画面にはコンキン! の画面が映っている。


「いや、だって……写真も無いしどんな子か気になって……」

「ふーん……で? どうなの? 碧を見た感想は」

「……悪くないかな」


 田中くんは恥ずかしそうにそう言った。

 自分を目の前で評された事に、私のほうが恥ずかしくて消えてしまいそうだ。


「ふーんじゃあいいねってことね!」


 すると文音が田中くんのスマホであろうことかいいねボタンを押した。

 数瞬の後、私のスマホにマッチングが成立しました! という通知が届く。


「なにやってるの文音!」

「いいんだって、ね! 田中くん」

「お……おうまぁ別に……」


 田中くんはそう言って頭の後ろを掻き、文音が田中くんにスマホを返した。


「で? デートはどうするの?」


 文音が自分が恋のキューピッドだぞという面を隠そうともせず楽しそうに聞いてくる。

 あまりの唐突なマッチング成立にか田中くんが答えあぐねていると、後ろにいた田中くんと一緒に来ていた男子生徒が突然口を開いた。


「あ、あの! 日向文音さん。田中と一緒に来て突然であれなんですけど……良かったら俺と付き合ってください!!」


 頭を下げて右手を差し出す田中くんと一緒に来た男子生徒。


「え?! 私ですか!?」


 唐突な告白に驚く文音。そして私。

 私達二人がどうしたものかと硬直していると、田中くんが「いっそダブルデートなんてどう? 日向はアプリやってないの?」と聞いてきた。


「やってることにはやってるけど……でも私いま彼氏募集中設定ONにしてないから」


 と答える文音。そしてもじもじと何か言いづらそうにしている。

 断ろうと思っているのだろうか?


「私も文音が一緒だと心強いです。どうですか?」


 私がそこへ追い打ちをかけるように聞くと、文音が立ち上がると「ごめんなさい!」と頭を豪快に下げた。


「そうですか残念です……」

「そっか、まぁ良いけど……じゃあ藤堂さん、あとでまた連絡します」


 私と田中くんとが立て続けに言い、田中くんが「ほら帰るぞ」と断られて完全硬直している一緒に来ていた男子生徒を引っ張るようにして2Eクラスから去っていった。


 立ち尽くしたままの文音に、「すみません文音。突然にWデートになんて誘ってしまって……私は私なりのやり方で田中くんとデートの件を話し合いたいと思います」と謝罪の言葉を述べる。


「全然! 私は別に気にしてないから……てかごめん。私、碧にだけは説明しておくべきだった」


 と文音は力なく笑った。


「説明……? どうかしたのですか?」

「うん。ほら、私、朝言ったじゃん。学外とのマッチングには認証コードが必要だって話」

「はい。やはり文音は学外に想い人がいるのですか?」

「うん……。近所に住んでる小学校からの付き合いの2個上のお兄ちゃんなんだけどさ……」


 文音は気まずそうに続ける。


「実は去年大学受験に失敗して、いま浪人ってわけでもなく家に引きこもりがちなニートやってるらしいんだけど……。昔一回告白したことあるんだけど、そのときはお互いにまだ子供だからって理由で振られちゃってさ。でも私、どうしても波瑠はるにいのこと忘れられなくて……」


 文音は言い終えると、ぺろりと舌を出して笑う。


「アハハ……なんかごめん! ダブルデート一緒に行けなくて」

「いえ、文音のことがまた一つ知れて私嬉しいです。デートはまぁなんとかします……」


 私はそう言うと、食べ終わった弁当箱の蓋を閉める。

 そして立ち上がると、文音の手を取った。


「行きましょう事務室へ! さっさと認証コードとやらをゲットして、文音にも幸せになってもらいたいです!」


 そうして、私達二人は事務室へと駆け出した。

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