第十三話:人生を変える戦い

矛盾状態はしかし長くは続かなかった。故に間一髪でネロに兄妹の一撃は届かなかった。

「」

キョウタは今度こそ力尽き、地に伏せ、彼の倒れる音が絶望の静寂を呼ぶ。動ける者はミナとブリュンヒルドのみ。無意識的な死の恐怖からミナが才能の限りを用いて作り出した元素魔術も全てが失効した。龍は世界の欠片、魔法もまた世界の理の一つ。故に効くはずが無い。当然理解しつつも、しかし彼女は常人が過呼吸をするが如く無謀な発動を繰り返す。その全てがすぐさま失効していく様は、ブリュンヒルドの心を折るのに十分だった。

「…………ごめんね」

さめざめともはや声を出す気力もなく涙をただ流れるままに任せる。そんな二人の様子も見てネロは思った。

【結婚式、涙、よくない】

ということで挑みかかってきた客人たちを全回復させると強制的に脳内に幸福を打ち込もうとする。その時。

「なーにやってんの?」

巨体を殴りつけながら、傍若無人の保護者は聞いた。

キョウタの無理攻めは、ネロにとって初めての理外の攻撃だった。だから久しぶりの脅威をとりあえず全力で防御してしまったのだ。文字通りの全力で。故にネロのかけていた束縛が緩んだのだ。

カエソニア復活。しかし、カエソニアは別にキョウタたちを助けようとはあんまり思わなかった。普通に逃げればいいと思っていた。だが。普通なら襲撃の後結婚式をしないだろうに、続行しようとしたところにネロの本気を感じ取ると彼女はぶちのめすため、そして事情を問いただすためにネロの下へ全力で向かったのだった。

【お姉様!来てくださったんですね早速……】

「待って。なんでそんなに急ぐの?別にあと数千年後でも良くない?」

【……祖から言われました。魔王が復活したと。】

魔王。その言葉にカエソニアは少し驚く。かつて滅ぼした国々での用語、世界の敵対者。龍に滅ぼされた思い上がりの産物。今では死語となって久しいからだ。

【しかも7つ全てです。明らかな異常。私達では力が足りないかもしれないと。】

カエソニアはそれで事態を了解した。龍ならぬ人の身たる読者諸兄にどういうことか説明しよう。龍は老いると必ず弱くなる。対処として自分の現状より少し強い子をなすことで世界の均衡を保っているのだ。だが、若いうちに子を成すと生命は短いが普通よりずっと強い子が生まれる。魔王に対処するためネロはそれを狙っているのだ。

【もはや私達の代は他にいません。故に番うしか無いのですよ。諦めてください。】

「やだね。私強いし。」

【そんな矮小な姿では信じられませんね。】

そう、わざと挑発することでネロはカエソニアを龍の姿に戻そうと試みる。願わくばカエソニアに龍の姿でねじ伏せられ、抱き潰されたいからだ。だが。

「この姿でも十分だよ。」

それだけ言ってカエソニアは蹂躙を始めた。

【!?♪】

殴り、蹴り、全身を使って間断なく攻撃を叩き込み続ける。そのすべてが今までとは違って有効打となっていた。何故か。

この世界の武芸とは、心を通して世界からリソースを引き出し、世界の理に干渉しつつ肉弾戦をする、脳筋バカ魔法のことである。だがあくまで魔法、利用するのはこの世界の理。故に、人が龍に勝てないというのは覆せない。だが、もしも龍であり人である存在がいたなら。龍であることで攻撃が通るだけでなく、理を超えたという点において世界に対して特効なのだ。これもまた、一種の矛盾状態の利用である。

「………!」

だが、当然人の身は脆弱。魔力波一撃でズタボロになる。それを龍の魔力で補って、戦いを継続する。もとより実力は龍のときですら上なのだ。人になって一撃が軽くなり、攻撃速度も下がったとはいえ次第にカエソニアが優勢になっていった。

その戦いを少年少女は呆然と見つめていた。皆、心には大きな無力感を抱いている。諦観、野望、奮起、狂気。様々な形に昇華されたこの経験は、やがて彼らにとって人生をも変える出来事になっていくのだった。

そして。戦いはカエソニアの勝ちで幕を閉じた。とても満足げな顔で気絶するネロ以外、全く誰も喜びを感じていない辛い戦いであった。

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重金属(おもい)妹と行く異世界転生 クソムシ.mp3 @DSSpider

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