第八話:話そうか

キョウタの修行は、つつがなく進んでいた。一日のスケジュールを見てみよう。まず、朝はご飯を食べ、その後森の獣道を走り抜けることから始まる。獣道の先には激流があり、そこで彼は汗を流し、沐浴をする。そしてまた走って武芸の家に戻り、昼ご飯を食べる。食べたら洞窟でひたすら岩を割る。最近は素手で精巧な像を作る練習をしている。無論、夢で見た妹の姿を再現しようとしているのだ。だが、完成に近づくたび剣の方の妹が砕きにかかるので、実質賽の河原である。どうやら偶像崇拝はお気に召さないようだ。賽の河原タイムが夕食の鐘で終わると、夕食を食べに戻り、その後は今度は裏手にある滝で滝行をし、汗を流す。ここで面白いのが、カエソニアは修行、特に滝行など考える余裕がある修行のときは、無ではなく、武芸を目指すに至ったきっかけの人を思い浮かべるか、最も思っている人を思い浮かべろと言っていることだ。これは彼女自身もまた一人の男に対する憧憬の中にあるからである。彼女は武の真理は心の中にあると思っているのだ。なので当然キョウタは妹を思って滝に打たれるのだ。夜は皆で雑魚寝。まさしく集団生活といった感じだが、キョウタはいつもサヤカサヤカうるさいので別室に隔離された。故に彼は存分に妹といちゃいちゃできるのだった。

「それで、今日は夕食に毒魚の刺身が出てさ〜」

だが、返す声は無い。あの日、夢に出た妹ももう夢枕に立つことはなかった。それでも、妹と話すのは兄冥利とつらつらと壁打ちを続けた。故に彼は気付いた。誰かが言い争っていることに。

足音を忍ばせ、部屋の前まで来て聞き耳を立てる。言い争っていた、いや言い募っていたのはアストルムだった。

「結婚って、ここはどーすんですか!?」

「それは、仕方ないこと。それとも、竜に殴り込みにでも行く気?」

「はい。俺は納得……ッ!」

アストルムはしかし、カエソニアの圧倒的な魔力波動に気圧されてしまう。威勢などでは押しきれない。竜と人には圧倒的な種族としての差があるのだから。

「アストルム。あなたを拾ってから何年かな〜、十年くらいだっけ。もう親離れの時期ってことよ。」

「でも。師匠は師匠だ。人を人と思ってなくて、武芸以外何とも思ってなくて、人でなしで正直ついてけないけど、俺の師匠だ。」

「ひっど。」

「それに聞いた。師匠の結婚相手は武芸とかカスってタイプのやつだって。そんなやつと結婚して本当にいいのかよ!?」

「いいよ。だって、結局私は竜だし。人でなしだし。ほら、武芸とかさ。ね。」

そう寂しそうに笑って言う師匠の横顔に、少年は致命を悟った。

「うそうそ。そんな顔しないで。結局いつかは結婚しないといけないわけだし。まだマシな方だから、ね。」

「バカ。取り繕えてねーんだよ。師匠、あんたは昔っから子供っぽいんだから。」

抗えない事象を前にした師と弟子の別れ。そこには彼らなりの絆があって、はっきり言ってキョウタはクソ気まずかった。自らの師匠はあんなに母のような慈愛を見せていただろうか。自らの友人はあんなに泣きじゃくる子供の背中をしていただろうか。二人の描き出す空間は関係性の上に成り立つ閉鎖的なもので、キョウタはお邪魔虫だったのだった。

「おい。」

「キョッ!?」

背後から声をかけられ、やましさを刺激されて奇声が出そうになるのを押し止める。結果野生動物の鳴き声と思ったのか部屋の空気は乱れなかった。

「あ、アベイルさん」

「話そうか。」

そう言って彼は部屋から離れてしまった。慌ててキョウタは付いていく。

「こうして話すのは初めてだな。オレはアベイル。竜殴りのアベイルと呼ばれている。」

「城島キョウタです。」

「…………アス坊の友達だったか。」

「まあ、そうですね。」

しかし、実際はそうは言い切れない。それはキョウタも知っていた。なにせアストルムを冷やかそうとブリ子との会話を盗み聞いたらナチュラルに駒と呼ばれてるのを聞いたからだ。そうでなくても、武芸の家に来るまでの道中、全然話さなかったので、キョウタ的には友だちというかたまに喋る部活の人くらいの距離感なのだ。めんどいので友達で通すが。

「あいつはな、良くは知らんが貴族の出らしい。何かがあってここでずっと育てられてきた。」

「すごくふわふわした情報ですね。」

「しかたないだろう。知らないのだ。それでな、カエソニア師匠が親代わりだったんだ。だから、納得できないんだろう。」

「なるほど」

「しかし、お前はこの結婚をどう見る。オレは気に入らない。師匠には恩がある。竜に一発ぶちかましたいとそう思ってるんだが、どうだ。」

「勝算は?」

「ない。多分、死ぬ。」

「じゃあ、嫌です。僕はまだ、いや、ずっと死ねない。」

「妹のためか。まあ、そうだな。師匠だってそんなの望んでないだろうし……いや、望んでもおかしくないが……」

「アストルムは行きますか?」

「行くかもな。だから、お前には止めてほしい。オレはしばらく街にいる。バカやらかしそうになったらみんなと止めてくれ。」

キョウタは首を縦にふる。アベイルはそれを見てもう用はないと立ち去った。その顔は未だ険しかった。

「結婚か……そもそもするか迷うな……妹だし……義妹だからいいのか?」

結局キョウタはキョウタなのだった。

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