第九話∶みっともないね
「と、いうことでこの日に人間の皆さんを私たちの結婚式に招待したいのです。」
にこやかにネロは笑いかける。ネロの人間態はものすごく美人なので、子どもたちは皆見とれていた。無論本性を知るものは彼女を睨みつけるように、あるいは全く見ないようにしていたが。キョウタは相変わらず妹と一方的に話していた。
「ししょーすげー!」
「びじんさんじゃん!」
「いいーなー、うらやましーなー!」
純粋無垢な子どもの声はしかし酷薄な刃にアストルムには聞こえた。周囲の人間が称賛すればするほど、当人の意志と乖離していく。無意識ながら性格の悪い光景で、おそらくネロは意図しているはずなのだ。そうでなくては、あそこまで心底に笑えないだろう。半ば言いがかりのような敵意をネロに向ける。実際あながち間違ってはいない推論なのだ。
「おめでとうございます、師匠。」
キョウタは礼儀から一応カエソニアに告げた。カエソニアは少し苦々しい顔をした。
「意趣返しのつもり?」
「いえ。礼儀です。」
「……知っているよね?」
「愛されてるだけいいじゃないですか。僕はそれも分からない。」
「……はぁ。もしキミが妹以外にしつこく求婚されたらどう思う?」
「どうも。妹しか見えないので。」
「話にならないや。」
呆れ、そして他の弟子たちと話すのもはばかられて仕方なくネロの方へ身を寄せる。ネロは少し微笑んで言った。
「では、お待ちしておりますので、楽しみにしていてくださいね。」
二人は竜の姿になると、翼を一打ちして去ってしまった。子どもたちは無邪気に手を振って全身で喜んだ。少し年上の子たちは寄り添って飛ぶ姿に想い人を重ねた。そして最年長格のアベイル、アストルムは重いため息をついた。
「わざわざ招待したんだ。てえことはつまり」
「ああ。反対するならかかってこいってことなんだろーな。……俺は行くよ。止めないでくれ。」
「俺も、行くとするか。こんな風に呼ばれちゃあ行かんと竜殴りの名が廃る。……ミナに埋め合わせしないとなあ。」
そして男二人は決戦の覚悟を決めた。そしてキョウタも覚悟を決めた。
「僕も行く。」
「おい、お前はいーんだよ。割と部外者じゃねーか。」
「いや。僕も、カエソニア師匠の弟子だ。それに、ここらで一度ボスに挑みたかったし。」
キョウタはにやりと笑って言った。
「……よくわからんがわかった。お前も師匠の弟子だ!!よし、男三人、行くぞ。」
そうして男たちはそれぞれ準備を始めるのだった。
「竜殴りと俺が呼ばれているのは、俺が素手で竜を殴り殺したからだ。」
招待後、三人は洞窟に集まっていた。彼らの眼の前にあるのは、かつて師匠カエソニアが洞窟の奥深くから持ってきた巨大な結晶だ。
「これは断石。キョウタ、斬ってみろ」
言われてキョウタは腰を入れて斬る。しかし、妹は通らず透明な音とともに弾かれてしまった。
「これは竜の魔力障壁と似ている。大体同じだ。つまりこれを破壊できれば竜に手が届く。手が届けば殴れる。殴れるなら殺せるってわけだ。」
「分かりやすい。でもなんで妹は通らなかったんだ?」
「まだ魔力が足りてない。異世界人の武器なら、もっとやれるはずだ。」
「師匠を消し飛ばそうとしたアレ、あの時くらいぶっ放せばいけんじゃねーの?」
「OK。」
キョウタは頷いた。
「そして、問題はお前だ。アストルム。」
アストルムは少しすくんだ。
「お前の武器は普通の二刀流だ。だからキョウタみたいな無法ができない。だから、別の無法を取る。」
「
そんな男たちの姿を密かに監視する者がいた。ネロだ。
「みっともないね。人間が竜に勝てると本気で思っている。」
「うちの子たちを馬鹿にするな。」
「今の貴女が言えたことでは無いでしょう?お姉様?」
そう。今カエソニアは真なる竜の姿ではなく人間、しかも拘束されて恥ずかしい衣装……どえろい生き恥ウエディングドレスを着せられているのだ。
「素晴らしい。人間というのは流石に下劣。ここまで同族の品性を歪める道具を生み出せるとは。」
「……それを楽しむのも下劣じゃないですかー?」
「いえいえ。武芸なんか趣味とのたまうお姉様にはぴったりですよ。最高級の賛辞というものです。」
そう言いながらネロはねっとりとカエソニアの全身に指を這わせ、淫靡な舌付きで人間が敏感であると医学書に書かれていた各所を弄び始めた。
「あっ……ふっ……ぅ……」
「声が漏れていますよ。お姉様。」
「うるさい……っ……武芸は感覚が重要な……!」
「私は悲しいです。竜でもない矮小な身でこんな肉の喜悦に身を任せるなんて。その体は仮のもの。感覚などどうでも出来ようものですのに。」
「っ……」
「今さら遅いですよ。……すっかり腑抜けてしまわれた。でも、大丈夫。私が昔のかっこいいお姉様に治してあげますから。ね。」
そう言ってにっこりと獣のように闇のようにネロは笑いかけて見せたのだった。
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