第七話:望まぬ結婚

カエソニアは激怒していた。必ずやかの邪智暴虐の両親を倒さんと決意した。カエソニアには恋心はわからぬ。カエソニアは山の武道家(自称)である。修行し、子どもたちに稽古をつけて暮らしてきた。当然恋愛に対しては人一倍鈍感だった。

「ふふふ。もう逃げられませんね♡」

故に目の前の女と結婚すると聞かされてもうざいとしか思わなかったのだ。

「ネロ……そこまでするか?」

女の名前はネロ。冷徹そうな瞳をたたえた青髪の美女だ。だが彼女の本体は人間ではない。竜だ。彼女はかつてのカエソニアに憧れていた。武芸を知る前、邪智暴虐の化身、悪竜カエソニア。七国を滅ぼし、最後には人間の勇者に打ちのめされた伝説の竜。天にすら届きうるとされた七国を滅ぼし、しかしなお満たされない空虚な瞳。そんなところがネロにぶっ刺さったのだ。

「すでにお義母さまとお義父さまの了承を得ております。これは祖龍に誓って真実です。」

祖龍への誓いは竜にとって最高の誓約であり、破ったら一族が末代まで祟られる類のものだ。

「うわああ嫌だあああ」

「何故嫌がるのですか?ネロがお嫌いですか?」

「嫌い。大っきらい。しね」

「どこが嫌いですか?直します!」

「その姿私に寄せすぎ。何百年もつきまとうのはさすがにうざい。いつまでも黒歴史掘り返すのやめろ。そして、武芸を馬鹿にするな。」

「姿……変えました!つきまとうのはやめます。これからはつがいですしね!黒歴史なんて言わないでください!かっこいいです!武芸は……我慢します。うん。」

カエソニアはぶん殴ってやろうかと思ったが、効くように殴ったらあたり一帯が無になりそうなのでやめた。カエソニアの子どものような怒りの表情を見て、ネロは息を吐く。空気が変わった。無邪気に喜んでいた女はもういない。

「お姉様。そんな遊びに、いつまでかまけているつもりですか。貴女ともあろうものが。」

「…………案外いいものだよ、やってみると。」

「結構です。私はこの姿をしているのでさえ耐えられないのに……ましてやあんなくだらないことなど。」

「くだらなくなんてない!」

まるで癇癪を起こした子どものようにカエソニアは叫んだ。

「武芸は、私の全てだ。」

「……何年たったと思ってるんですか。たった一度の敗北が、そんなにも執着すべきことなのですか!」

「いや、違うよ。」

「え?」

「私は人生に負けたんだ。あの時からずっと負け続けてるんだ。あの光を見た日から、ずっと。ずっと。ずっとずっとずっと。あの男が頭から離れない。私を打ち破ったあの男の陰をずっと追い続けてきたのに、届かない。分からない。私はあの男を超えないと……」

まくし立てる口をネロが唇で塞いだ。いきなりのことでカエソニアは一瞬固まった。

「人間の習慣でも、これは役に立つようですね。愛するものを黙らせる。実に機能的。」

「意味がわかって……」

「ええ。誰にでもするものでないとも知っていますよ?子どもでは無いのですから。私を下に見るのも大概にしてください。お姉様。」

「は?何を言ってるこのくそガキは。」

「結婚したくないと喚き立てるお姉様の方がガキでしょう。いいですか、私がここに来たということ。即ち既に全て整っているのです。」

「ちっ……」

「分からせてさしあげますよ、

……ああ、初夜が愉しみです。喜悦に歪むお姉様の顔を見られると思うと……♡」

「帰れ。」

「言われずとも。次は盛大に迎えに参ります。期待して待っててください。お ね え さ ま。ふふ♡」

そうしてネロは真なる竜の姿に戻ると西の方へと勢いよく飛んでいった。空に残された魔力の残滓を眺めながらカエソニアはどうにかできないものかと頭を働かせ始めたのだった。

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