第六話:それぞれの愛

「かわいいね……その、シャープな姿。キラキラ光る瞳。切れ味の鋭さ。まさに僕のためにあるといった感じだね。」

岩を砕き、妹とのスキンシップを許可された(告白を聞いたあとから妹が脱走してキョウタの元に勝手に現れるようになった)キョウタはいつものように妹を愛でていた。彼の中では妹は剣であり剣は妹なのでおおよそ女子に不適切な物言いをしているがまあ妹も気にしていないしいいだろう。そんな彼の姿を旅の中でもちょくちょく見ていたアストルムはやっぱこいつ狂人なんじゃねーかと思いつつ流石に苦言を呈した。

「人前だぞ、抑えろ。」

そう。ここは街。久方ぶりに山を降りることを許された二人はアストルムの知り合いに会うため街を訪れているのだった。

「ごめんごめん。時間に隙があるとつい好きが溢れるんだ。」

「そうか。」

やっぱ妹が封印されてたとしても狂人だなと確信するアストルムは、旅のときは人前だと抑えてたのに何があったのかと首をひねる。当然読者諸兄はお分かりだろう。告白のせいなのだ。だが告白なんぞ人に教えるものではなく、したがって厳しい修行で頭がおかしくなったのだと限りなく正解に近い結論をアストルムはたてた。実際間違ってるところは最初から頭がおかしいという点なので部分点くらいはあげたい出来である。

二人がこうも暇しているのは待ち合わせていたアストルムの知り合いが全く来ないからだ。

「ったくおせーなー、ブリ子のやつ。」

「ブリ子?」

「湖青のブリュンヒルト。俺が知る中だと最高のヒーラー。この街にある、メイド神殿もえもえ☆にゃ~んの一人娘で、自他ともに認めるかわいいアイドルだよ。」

キョウタはしばらく動かなくなった。そして再起動すると一つずつ疑問を解消しようとしたが、

「おまたせー☆」

実際に目にしてだいたい分かった。向こうから、ミニスカメイドがやってくる。髪は鮮やかな青で、きゃるるんといったオーラをまとったかわいい系だ。まさしく、アイドルと形容できる。なるほど、百聞は一見にしかずというのは真理だった。

「ブリ子遅い。」

「ブリ子じゃねーし。しばくぞ☆というか、誰ぞ?」

「異世界から来た、城島キョウタだ。よろしく。」

「ふーん。ねぇねぇ、なんで集めたのさ?」

キョウタにはあんまり興味が無いようだったが、キョウタも妹以外興味ないので何も無かった。いや、むしろそれを無意識に察して距離を取ったのかもしれない。

「うーん、ほら、ブリ子心配しぃ……心配性じゃん。だから顔合わせ……的な。」

「ふーん、ふむふむ。」

なおこの間もキョウタは妹をスリスリし続けているものとし、バッチリ見られているものとする。

「やば☆」

「まーこいつはこういう奴だから。気にしなければ結構いい奴だよ。」

「全体だとマイナスだよ完全に。どうしたのさ、頭、おかしくなった?」

「いや、うん。まあ……キョウタとは波長が合ったというかなんというか……だよな?」

「え?あー、うん。いいよね。うん。」

完全に話を聞いていない。妹に夢中であった。しかし、もし話を聞いていても別にどうも思わなかっただろう。彼にとって妹だけがすべてなのだから。

「まーいいけど。アスくんのかわいさが減らなきゃそれで。ライバルだって忘れんな☆」

「はいはい。とりあえず、飯食おうぜ。キョウタ、この街で一番うまいとこ連れてってやるよ。」

「え?うん。いいよね。うん。」

「いや聞けし☆スリスリやめてほら」

とブリュンヒルドが剣を取り上げようとしたので当然

「触るな」

「え」

「僕の妹に、触るな。」

ガチギレた。ブリュンヒルドは怖くなって思わずアストルムの陰に隠れる。

(ねぇ何なのこいつさっきからやばかったけど妹とか言い出したしガチの人じゃんこっわ)

(しーっ、後で二人だけのときそこら辺話すから)

二人だけのひそひそ話も意に介さず、キョウタは何事も無かったかのように妹を愛でるのを再開したのだった。

その後、三人はこの街の郷土料理(川魚のつみれ鍋)を食べ、当たりさわりのない話をアストルムが振り、ほか二人が答えるといった感じで時間を潰した。そして食べ終わると、アストルムはキョウタに二人だけにしてほしいと頼み、アストルムとブリュンヒルドだけが残った。

「あいつ何なの?」

ブリュンヒルドはあまり可愛くなく言った。

「別に友達じゃないよ。だから……」

ブリュンヒルドは遮って言った。

「じゃあ何なのよ」

「何って……駒?異世界人だし、強いし。」

「駒ね……。その割にはずいぶんと仲良さそうだったじゃない?」

「いや、全然。旅してきたけど、旅の最中も全然話さなかったし。」

「ふーん。……って、あたしが言いたいのはそんなんじゃなくて、駒でも何でもいいけどさ、大丈夫なの?」

「いーや。だから会いに来た。正直ストレスではあるんだよね。ずっとブツブツ何か言ってるし、地雷がアレだけとは限んないし。友達ごっこじゃない、まともな友達に会いたいってずっと思ってた。」

「ふ、ふーん。」

予想外の一撃にブリュンヒルドは顔を思わずそらす。そしてアストルムも何を言ったか気づき、顔を赤らめる。

「それだけ。」

「ま、まああたしはアスくんの最高で最強にかわいいライバルだし、当然。うん。当然。」

「ライバルだもんな、当然だよな。」

そして若干ぎこちない空気を残しつつ二人は別れた。


その夜、ブリュンヒルドは今日のことを思い返す。ライバルに紹介された狂人の事も。

(駒……とか言うんだ、アスくん。)

それでも胸に去来するのは出会ったばかりの狂人よりも、付き合いの長い彼女の友達のことで。

(本当に、友だちって思ってもらえてるのかな。あたしもあいつみたいに……)

「だめだめ、友だち……ライバルを信じないと。」

それでも、初めて見た彼の冷たい一面はいばらのように彼女の心を苛むのだった。

更に夜が更けた頃。キョウタは全てを忘れたかのように呑気に眠っていた。やがて彼は奇妙な夢へ誘われるのだった。

「起きて、お兄。」

「はっ!妹?」

「そうだよ。お兄の妹。」

キョウタは気づくと、自分の家の妹の部屋にいた。いや、彼には生前妹はいなかったので矛盾している。だが、紛れもなく日本にいたとき、妹が使っていた部屋だとキョウタは直感した。

「これは夢か……?」

「夢だよ。でも、いつか現実になる夢。……お兄、やっと会えたね。」

「いや、夢だ。僕の脳を超えない、ただの妄想だ。だって、そうだろ。僕に妹なんていないんだから。」

「ばか。妄想でも、そんなこと妹に言っちゃいけません。」

「ごめん。でも」

「でももだっても無し。妹がいるんだよ?愛でなさい。」

「いや、おかしい。おかしいよ。罠だ。絶対。」

妹はころころと笑って言った。

「罠じゃないよ。ほら。」

妹は兄を抱き寄せ、とくんとくんと鳴る心臓の音を聞かせる。陽だまりのように温かくちいさな体も心臓の音もほのかな香りも、慈しむ瞳もまろやかに優しい声も、全てが兄の理想通りで、それが何より恐ろしかった。

「あぁ……あぁ……」

兄はついに泣き出してしまった。たとえ罠でも、こんな素晴らしい妹には夢の中でしか会えないのだ。現実にいるのは妹を僭称する金属塊だけなのだ。

「ううん。違うよ。■■■は妹。これは現実になる夢なの。お兄の頑張りでまたここに来れる。」

「……本当に?」

「ほんと。だから■■■のこと大切にしてね。約束。」

そして彼は目を覚ました。彼は妹を抱きかかえて寝ており、彼はまるで剣の胸に耳をすましていたかのように耳にひんやりとした感覚が残っていた。

「そう、か。これからもよろしく。妹。いや、」

そして彼は、幼いときから妹につけようと考えていた名前を呼んだ。

「サヤカ。」

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