第五話∶修行と告白と

鍛練の内容はこうだ。まず、妹から離れる。

「嫌です。無理です。ありえません。」

第一段階を拒否するキョウタから無理やり剣を奪う。次に、キョウタが鍛えるべきなのは主に器用さ、体力、魔力、精神力。よってそれらを鍛えるメニューを毎日こなす。妹無しでできれば剣を奪われても戦えるし、ある時にも楽。そう説明してもなおキョウタは釈然としなかった。だが、

「想像してみなさい……妹を盗まれ、勝手に振るわれる自分の姿を……無力で……何もできず……ただ愛する妹が他の男にいいようにされる様を見続ける自分を……」

「うぷっ……おぇっ」

本気で顔を青くしたキョウタはしかし、口の端から漏れた胃液を拭うと、覚悟を決めた……否狂気をはらんだ瞳で、真摯に

「妹を、よろしくお願いします。」

と初めて自分から妹を他人に預けたのだった。


「まずは体力。うちでは夏の間はトレッキングに加えて急流を遡り続けるっていう鍛練をしてるよ。」

目の前の川はごうごうと音を立てて流れていた。飲み込まれればひとたまりもないだろう。川というよりは、乗り物に乗らなくてはいけないタイプのウォータースライダーlv100のほうが近い。人間が泳ぐには過酷に過ぎそうだが、ここでは水浴び場程度の扱いのようだ。


「次に魔力。ふんっ」

軽い掛け声で腹を殴られた。

「かはっ……ゲホッゴホッ…」

掛け声に見合わないほど、内臓を揺らされ思わず体を折ってひざまずく。そんなキョウタの髪を引っ張って前を向かせ、カエソニアは説明を続けた。

「今ので魔力が覚醒したから、あとはここ。この洞窟でこの岩を割れるまでパンチ。」

「いつまで……?」

「夕飯になったら呼ぶから、それまで。あ、サボるなよ〜手見ればわかるんだから。」

大玉ころがしの玉くらいある大岩。彼は早速修行が嫌になってきたが、しかし妹を守れないことに比べればどうってことはない。サボるという思考は存在しなかった。

「精神力もこれで鍛えられるから、お得だね。」

にっこり笑ってカエソニアは言った。対するキョウタもやってやるぜ感満載の笑みを浮かべるのだった。


翌日から修行は始まった。1日目、キョウタはトレッキング中に熱中症でダウンした。2日目は激流に飲み込まれた。そうして日が経つごとにキョウタの体は痛めつけられていくのだった。

「どうやら、ご不満のようだね。お姫さま。」

ガシャン、と音がする。壁にかけておいたはずの妹が落ちた音だ。まるで狙ったかのように、避けなければ頭を貫いていたであろう軌跡で落ちていた。

「しかし、君のためなんだ。わかってくれない?」

カタカタと、妹は震えた。風もない部屋の中なのに。

「君も大概ブラコンだね。そんなに心配しなくても、殺しはしないから。君たちには期待しているし。」

ようやく妹の震えは止まった。妹を元の位置に戻しながらカエソニアは呟く。

「ほんとは君も鍛えたいんだけどね……」

「誰と話していたんですか?」

ちょうど部屋に入ってきたアベイルが聞く。

「いーや、ただの独り言だよ。ぼけた年寄りだからさ、私。」

「師匠はまだ若いでしょう。」

「まだってなんだまだって。まぁ、親からそろそろ結婚しろとは言われてるからねえ。嫌だぁ」

「武芸の邪魔になるからですか?」

「うーん、ちょっと違う。愛は武芸に要るよ。でも私が結婚させられそうなのは武芸に理解がないくそやろうだからさ。」

「ああ、なるほど。」

「あー、ほんと嫌になってきた。アベイル、くそみたいな気分おっ払いたいから付き合って。」

「いいですよ。オレはそのつもりで来たんです。」

そして二人は去り、部屋には妹だけが残された。妹はさっきの話を聞いてもなお不満げに体を揺らしているのだった。


「はぁ……はぁ……」

修行を始めて10日。毎日岩を殴り続けても、全く割れる気配はなかった。ただ、皮の剥けた手が血に染まって不格好な印だけを岩に残していた。手も、治らない。やみくもに殴り続けていたからだ。本当はこれが間違っているとわかっていた。それでも、彼は未だ魔力の使い方をわかっていなかったのだ。

「くそっ……くそっ……」

彼は泣いた。自分の弱さ、不甲斐なさが岩を砕けないことで改めて突きつけられたのだ。修行を怠けて逃げたらしいアストルムですら、このくらいの岩ならいとも簡単に粉砕してみせた。彼は異世界人だから難しいのは当然だと言ってくれたが、それでも弱い自分を意識してしまうと駄目だった。そもそも、本来の人間なら徒労に近い行いだ。心が折れるのも当然と言っていいだろう。

「むりだよ……こんなの……できないよ……」

だが、彼は長男だった。一人っ子だが妹がいるのだ。彼は妹のためなら頑張れるのだ。彼は心のなかで今は離れている妹のことを思った。自分を支えてくれる、最強で最愛の相方のことを心に飼った。

「そうだよね、そうだよな。そうだよなあ!!僕たちは最強なんだ。じゃあ僕も、最強にならなくちゃいけないんだ!!」

そしてまた、彼は岩を殴り始めた。最強を求めて。力を求めて。そして、彼の拳は彼の思いが強まるにつれてどんどん強くなっていった。そして。

「愛してるよぉお!!」

掛け声とともに勢いよく岩は粉砕された。彼はようやく魔力を使う、その第一歩に立ったのだ。

彼の勇姿、そして告白を近くの岩陰からうかがっていた妹は安心した様子で、そして少し恥ずかしげに体を揺らした。ガシャン。勢いがつきすぎたのか妹は倒れてしまい洞窟に音が響く。

「大丈夫!?怪我はない!?」

慌てて駆け寄った妹の兄は固く握り締め、殴り続けてボロボロになった手が痛むのも気にせず妹を抱きかかえた。お姫様抱っこで。

「見てた?ははは……はずかしいな。でも、ありがとう。心配してくれて。大好きだよ。」

妹は何も答えなかった。

「照れてる?照れてるか。ふふ。」

彼は疲れからそれきり黙り、妹を自分たちの部屋に運び込むことだけに専念した。

「アス兄、キョウタはなんで変な持ち方してるの?」

「あれに妹が封印されてるんじゃねーかなあ。もしくは頭がイかれてるのか。」

「アス兄はどっちだと思う?」

「俺?俺は封印だと思うな。友達がイかれたやつだと思いたくねーし。」

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