第三話∶強者

「感動的なお話ですわ〜。しかし、少しお話がありますの〜。お邪魔いたしますわ〜。」

二人が固く友誼の握手を交わしたのと同時、ドアを勢いよく蹴破った人物はのんきそうにそう言った。

「誰だ!」

アストルムが剣を抜いて睨みつけても、全くその女は動じなかった。その女はまるで裏路地から助け出されたような、絶望的な格好と死んだような目をしていた。女はドレスを着ていたが、ボロ切れのようで、ところどころに古くなった血がこびりついている。それに肌を見せないように全身をこれまたボロボロの包帯で覆っている。重病人が暴漢に襲われたあと、というとイメージし易いだろうか。一見強くは無さそうだ。だがキョウタは知っていた。数多のフィクションにおいて、奇抜な格好をしているやつはだいたい強いと。故に彼もまた、妹を構えた。しかし女は全く意に介さず、ただおほほと笑っただけだった。

「わたくしは強くありませんわ〜。気楽になさって〜。あ、でも騎士さまは強いですわね〜。」

「騎士さま?」

「騎士さまをご存知でない〜?血染めの朱鎧しゅがいといえばよろしくて〜?」

「ち、血染めの朱鎧!?」

「知っているのか、アストルム。」

「この世界でも有数の実力者だよ。国一つをたった一人で滅ぼしたとか言われてる。」

「へー。」

キョウタはしかし、今のところ厨二な名前だなくらいにしか思っていなかった。実のところ彼は浮かれていた。チートを受けとり、しかも妹。ならば負ける道理はない。彼は本気でそう信じていた。血染めのなんとやらも、仲間になるか自分の名声の礎になるか。そういう展開なのだろうと思っていたのだ。だが。

「ほう。此度の転生者は強き者か?喰らわれ姫を恐れないとはな。」

鼻をつく生臭い、腐臭と血の匂い。てらてらと肉と血で妖しく光る全身鎧。何よりバイザー越しでも感じられる、キョウタを睨む視線。現代日本では、否地球ではめったに感じられないだろう強烈な戦士の圧。死の予感。本物の血染めの朱鎧を目の前にしてキョウタはちびりそうになった。

(でも、妹が見てるんだ……かっこ悪いのは、なしだ。)

妹の存在を心に宿してキョウタは強大な戦士に立ちはだかる。血染めの朱鎧はそんなちっぽけな抵抗を面白く思ったのか咳き込むような笑いを漏らし、

「面白い。少し、試したい。ついて来い。」

と彼にとっての賛辞を送った。

彼らが外に出ると、そこでは多くの野次馬が宿を遠巻きに見守っていた。当然、血染めの朱鎧と、そして彼に連れられたキョウタに注目が集まる。キョウタが姿を表すと、朱鎧のときの歓声とは別のどよめきが群衆の間から起こった。しかし、二人ともまるで聞こえていないかのように話し始めた。

「私を倒してみせよ。殺す気で構わない。」

血染めの朱鎧はそう告げると両手を広げて見せた。

「さあ、やってみろ。」

キョウタはしかし、一歩も動けなかった。血染めの朱鎧からは先程よりも濃厚な死の気配が感じられたからだ。それでも、彼は妹にかっこいいところを見せたいがために一歩踏み込んだ。

「……えっ」

剣は、当たらなかった。最小限の動きだけで血染めの朱鎧は躱してみせた。焦ってやみくもに振り回すが、当然当たらない。血染めの朱鎧はそんな彼を冷静に観察して言った。

「剣に心を載せろ。集中して戦え。」

そして、彼はその通りにした。

(聞いてるかな、かわいいかわいい僕の妹。力を合わせて、戦おう。勝つために。)

【ウン……イイヨ……】

(ありがとう!!あとでアイス買ってあげるからね。)

心のなかで妹と対話し、彼は剣に、妹に心を載せた。少し、剣が軽くなったように感じた。もちろん女の子の体重について彼は紳士なので口をつぐむが。

「いきます!」

叫ぶと勢いよく剣を振り下ろす。当然、身のこなしだけで避けられるが、剣は鋭く切り返して血染めの朱鎧を襲った。

(妹のお陰で、どう振ればいいのかわかってきた。僕たちは今、つながってるんだ。ほら、僕の手。こんなにも妹の温もりを感じる。導いてくれてるんだ。)

妹に、手を引かれるような感覚を味わい、彼はその通りに剣を振る。ガイドに沿っただけの剣筋はしかし神器のアシストだ。流石に血染めの朱鎧も剣を抜き、受ける。

「なるほど。面白い。だが、つまらない。」

そう言い放つと彼は剣を振った。それは正確に彼の剣を宙に打ち上げ、そして妹と離れてしまったキョウタはもはや強さを失ってしまったのだ。弱いキョウタはそのまま衝撃に任せて尻もちをつく。今はまだ、立ち上がれなかった。

「強くなれ。貴様の守るべきものを守るために。」

「守るべきもの……」

そう言うと血染めの朱鎧は背を向けてしまう。その背が小さくなっていくことに慌てて、彼は大声で叫ぶ。

「ありがとうございました」

と。

「ふふ〜強いでしょう、私の騎士は〜。」

「でも、まだ本気じゃあないんでしょう?」

「おほほ」

そう笑うと騎士の隣にぴったりくっついて去っていってしまった姫の姿を何となくアストルムは見送って余韻に浸る。やはり強者の戦いはいい。そうしみじみ感じていたのだが、

「アストルム!!頼む!!僕は、強くなりたい。」

余韻をぶち壊すほどの真剣さと勢いでキョウタが頼み込んできた。しかし、その目を見たなら誰もが応援したい、そう思うだろう。だからアストルムも最高の師匠を紹介することにしたのだった。

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