第3話 本当に悪い子

「その子はね、いい子になろうとしたんだよ。」

 学校では先生の言うこと守って、勉強も行事も頑張ってたんだ。そしたらお父さんやお母さんにいい子だって褒められたから。それがとっても嬉しくてね、いい学校に入っていい成績で卒業もしてたね。お前は自慢の娘だって。嬉しかったんだよ。

 卒業後はお父さんが店長している銀行に入ってさ、同期の中でトップの成績を出したり、トラブル案件も解決できるくらい頑張ってたんだ。みんなすごいとか、ありがとうって言ってくれてね…嬉しかった。

 そしたらさ、入社して数年経ったときにそこの部長と出張することになってさ、大雨が降って帰れなくなったんだよね。その日はホテルで一泊することになったらさ、部長に迫られちゃって。お父さんのためにいろいろしてくれる、私が昇進できるよう工面するからっていわれて一緒に寝ちゃった。

 うちの支店は部長の頑張りがあって県で1番になって、私は早くも課長になってたんだ。仕事はできたから不信がられなかったし、お父さんやお母さんにも褒められてこれでいいんだって思っていたよ。

 部長との関係はずるずると続いていたんだけどね、ある日部長が他の支部にかなりの損害を与えかけちゃってね、責任なすりつけられた挙句そこの支店長さんやえらい人たちとホテルにいったんだよね。

 その一晩で済めばよかったけど向こうは気が済まないらしくて仕事中でもお構いなしに呼び出されたり、なんなら銀行と関係ない人とも寝たね。その時の私、人と寝るのが嫌とかじゃなくてお父さんに迷惑かけるのがいやで寝てたからね。ありえないでしょ?

 まあ、いろんな人と寝るとさ、噂が流れるわけで。部長や他の支店長と寝たからその年で課長にまでなれただの、今までの成績も体の成績じゃないのかだのいっぱいあったね。お父さんが店長だからなにもされなかったけど滅茶苦茶言われたねぇ…

 それである日、いつものように支店の銀行に行って会議室でいろいろしてたらさ、お父さんに見つかってね。

 すっごい叩かれた。お前は島田家の恥だって。あ、うちの苗字島田っていうんだ。

お母さんもかんかんに怒ってて私の部屋の物全部投げて焼却炉にいれてあなたはもうここの娘ではありませんっていってビンタとお塩くれたね。次の日には親子の縁を切って私全部失くしちゃった。

「ね?本当に悪い子はあなたみたいなこじゃなくて私みたいに単純で馬鹿なやつなんだよ」

 言葉が出なかった。お姉さんは笑って話してくれたがこんな話笑えるわけがない…

笑えるわけ…

「あの…」

「ん?どしたん?」

「どうしてこんなプライベートな話を私に?」

「いやさ、私浪人したことないからよくはわかんないけどさ」

「あなた、お父さんに褒めてほしかったころの私に似てたからさ」

「!?っ」

「自分の考えでいっぱいいっぱいで回りのことなんてまるで見えてないのそっくり」

「で、でもお姉さんは成績が…」

「成績良くても今こんなことになってるんだよね」

「あ…」

「私みたいなこあんまり見たくないからさ、今日くらい羽をのばしてみたらってこと」

「…。」

 周囲に車がいない道を一台の車が走る。一方的な会話が心地良いがなぜか胸がざわつく。言葉が出ないのと似たような感じだ。このざわつきは何だろう。話の内容か?いや、違う。それともこの状況に違和感でもあるのか?いや、違う。これは…

「あの、お姉さん」

「はいはい?」

「日付…」

「ん?」

「日付変わる前までなら…空いてます」


胸のざわめきとお姉さんの車が同時に止まる。17時になったばかりの空は明るく私たちを照らしていった。これは同情なんかではない。ただの傷のなめ合いである。



 

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