第15話

「おつかれさまでーす!」

 店先で水香さんと別れると、家に向かって歩き出した。

 自宅まで、歩いて十分足らず。

……水香さんも……今日は歩きだったみたい……。

 立ち止まって振り返ると、遠くなっていく水香さんの後ろ姿を眺めた。

 その姿を眺めていると。

 ふと、頭を過るモノがあった。

……青い封筒……。

 やっぱり、あの封筒の事が気になっている。

 翔子ちゃんの家にあった……。

 水香さんも持っていた……。

 そして、ギンオウ中学校の流行……。

……何なんだろう……何が……どうなってるのかなぁ……。

 青い封筒とギンオウ中学校。

 それらと、水香さんの繋がりは?

 考えてみても、何もわからない。

 ただの憶測しか浮かばない。

 情報が足りな過ぎる……。

 正直、大した事じゃないのだけれど……。

……気になるんだよね~……何か……他に……あ……。

 気付くと、通りの向こうには誰もいなかった。

 いつの間にか、水香さんの姿が見えなくなっていた。

「帰ろぉ」

 そう呟くと、振り返り、自宅へと歩き始めた。

……青い封筒……流行……ギンオウ中学校…………そうだ!

 腕を組み、あれこれ考えながら、歩いていると。

 思い付いた……というか、バイト前に考えていた事を思い出した。

……霧恵ちゃんに聞いてみよう……。

 ショルダーバッグから携帯を取り出すと、発信履歴から、霧恵ちゃんの番号を表示させ、発信した。

「……もしもーし! どうしたの~?」

 四回目のコールで霧恵ちゃんが出た。

「ごめんね~。こんな遅い時間に。今、バイト終わったんだぁ」

「そうなんだ~。お疲れ~!」

「うん。ありがと~。それでね、ちょっと聞きたいことがあるんだぁ」

「聞きたいこと? また、噂~?」

「ううん、違うよぉ。あのね、青い封筒のことなんだけど……」

「ああ! アレねっ! そうそう、そのことなんだけど。ちょっと気になったから、弟に聞いてみたんだよね~」

「えっ?! そうなのっ?! それで? 何か分かった?」

 思わず、大きな声を出してしまい、意味もなく声を潜めた。

「うん。ラブレターじゃないみたいだね~。なんか、仲良くなるための手紙みたい」

「仲良くなるため? ラブレターじゃなくて?」

 どんな手紙なんだろう。

 仲良くなるため……。

……やっぱり……ラブレターじゃないんだぁ……。

 不意に、耳の奥で翔子ちゃんの言葉が甦った。

『遠回しな、中途半端な内容』

『ラブレターみたいなモノ』

……そうかぁ……そういうことかぁ……。

 何となく、納得してしまった。

「弟が言うには、一方的な交換日記みたいなモノ。だってさ」

 霧恵ちゃんの言葉に、確信を覚えた。

……交換日記……なるほどぉ……だからかぁ……。

 世の中では携帯とかのメールが普及している。

 今どき、手紙を書くなんてことはほとんどない。

 中学生ぐらいなら、なおさらだと思う。

 手書きという珍しさ、中途半端な内容、お決まりの青い封筒。

……流行るのが……なんとなく分かる気がする……。

 でも、流行っているのは、ギンオウ中学校だけ……。

……どうやって……流行り出したんだろう……誰が始めたんだろう……。

 素朴な疑問が湧き上がる。

「霧恵ちゃん。その青い封筒……流行ってるのはギンオウ中学校だけみたいなんだけどぉ。誰が流行らせたか分かる?」

「え? そうなの? ギンオウだけなのか~。う~ん。誰が流行らせたのか……そうだ! ちょっと待っててね! まだ起きてると思うから、弟に聞いてみるっ!」

 霧恵ちゃんがそう言った直後、受話口から、バタバタと走るような音が聞こえ出す。

 おそらく、弟の所へ向かってるんだろう。

 そして、ドアをノックする音が聞こえて、数秒後。

「お待たせ! えーと……ん? 先生? 学校の先生が始めたの? へ~。あっ、え~とね。どうやら、ギンオウ中学校の先生が始めたらしいよ。ん? 田中先生? ふ~ん……田中っていう名前の先生だってさ」

「田中っ?! 」

 霧恵ちゃんの言葉に驚き、大きな声で聞き返してしまった。

「う、うん……田中……」

 聞き間違いではなかった。

『田中先生』

 脳裏に私の憧れる人が浮かんだ。

……水香さん?……まさか……そんなはずは……。

 水香さんのバッグに入っていた青い封筒。

 【田中】という名字。

……いや……でも……だとしたら……翔子ちゃんが分からないはずない……。

 翔子ちゃんは、水香さんを初めて見た感じだった。

 嘘をついているとも思えないし、嘘をつく意味がないと思う。

 じゃあ、ただ名字が同じなだけ?

「霧恵ちゃん。その先生の下の名前はわかるかなぁ?」

「ん? 下の名前? ちょっと待ってね……うん、そう……名前。分からない? そう……もしもし? 分からないってさ。え? いないの? えっ?! 死んでるのっ?!    そうなんだぁ……あっ、もしもし? あのね。その先生、もう亡くなってるんだって。数ヶ月前に死んじゃったんだって……」

「っ?! 」

 霧恵ちゃんの言葉に声が詰まった。

……死んだ? 数ヶ月前に? ……そして、下の名前がわからない……。

 死んでいるという事は、間違いなく、水香さんではない。

 ということは、同じ名字の他人だったということ……。

……いや!違うかも!

 数ヶ月前に死んだ……。

 【田中】という名字……。

 そして、水香さんのバッグの中に青い封筒……。

 もしかしたら……。

……亡くなった……水香さんの……お兄さん……なのかもしれない……。

 そう考えると、しっくり来る。

 水香さんが、あの青い封筒を持っていたことも頷ける。

……そうだ!噂!

 一つの答えが見えたおかげなのか、閃くモノがあった。

……マンションの噂……ギンオウ中学校の近くにあるマンション……。

 〈SICマンション〉

 水香さんはこのマンションの噂を知りたがっていた。

 私が知っていた噂ではない、別の噂も知りたがっていた。

 もしかしたら、その噂が、お兄さんと関係があるのかもしれない……。

……水香さんのお兄さんは……SICマンションに住んでたのかなぁ……。

 だとしたら、なおさら、頷ける。

……中学校から近いし……水香さんがそのマンションを知っていたのも分かる……。

 携帯を耳に当てながら、黙って思考を巡らせていると。

「もしもーし! もしもしっ! 聞こえてる? ……ちゃんと聞いてた?」

 ふと、霧恵ちゃんの声に気付いた。

 ずっと、話かけていたみたい。

「ごめんね! 聞いてなかったぁ。もう一度お願いっ!」

 そう謝ると、霧恵ちゃんの言葉に集中するように、軽く息を吸った。

「もぉ~。だからぁ~、その死んじゃった【田中】っていう先生————」

「え? ……うそ…………」

 霧恵ちゃんの言葉を聞いて、頭の中が真っ白になった。

 私の推測は、全て間違っていた。

 もう、何がなんだか分からない。

 思考が停止しているみたい。

……もう……分からない……ただの偶然だったの?

 うん……。

 全ては偶然なのかもしれない……。

 でも……。

 水香さんは……なんで……。

『その死んじゃった【田中】っていう先生……女だってさ』

 霧恵ちゃんの言葉が、頭の中をグルグルと駆け巡っていた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る