第14話

「翔子ちゃんっ! いらっしゃ~い!」

 一回目のラッシュを終え、落ち着いてきた店内。

 水香さんが休憩に入った直後。

 翔子ちゃんが来店した。

「ここが、愛里の職場かぁ……」

 笑顔で迎えると、翔子ちゃんは店内を見渡し、しみじみと呟いた。

「そうだよぉ! ……じゃあ、とりあえず、テーブル席でいいよね? 一名様! テーブル席にご案内しまぁーすっ!」

「ごゆっくりどぉぞぉ~!」

 威勢の良い、店長の返し。

 翔子ちゃんをマニュアル通りに席へと案内する。

「活気あるね~」

 そう言って、翔子ちゃんは笑顔で私の後についてきた。

「ここにど~ぞっ! ……待っててね! おしぼり持ってくるから!」

 翔子ちゃんを席に通すと、カウンターに向かった。

……あれ?水香さん……どうしたんだろぉ?

 トレイに載せたコップに水を入れ、おしぼりを手に取った時。

 賄いの【キムチ煮】を前に、水香さんが箸を止めていた。

 珍しくカウンター席で休憩中の水香さん。

 常連の柴崎さんに話があると言っていたけど……。

 当の柴崎さんは、水香さんの隣の席で、気分良さげに店長と談笑していた。

……話は終わったのかなぁ……でも……どうしたんだろぉ……。

 マグマのような赤い料理を、食べることなく、見つめ続ける水香さん。

 考え事だろうか……。

 それとも、料理が冷めるのを待ってるんだろうか……。

 水香さんは猫舌なんだろうか……。

「水香さん? 大丈夫ですかぁ? 熱かったんですかぁ? 火傷しちゃいましたぁ?」

 カウンターに身を乗り出し、水香さんに声を掛けてみた。

「いや、大丈夫大丈夫……これから食べるところ、ごめんね、急いで食べるから」

 私の言葉に水香さんは我に返ったようにそう言いながら、慌てた様子で料理を口に運んだ。

「熱っ!」

 熱そうに手で口を押さえる水香さん。

「大丈夫ですかぁ?! 急がなくても大丈夫ですよぉ、ゆっくり食べてください」

 そう言って、持っていたおしぼりを差し出した。

……慌てる姿も、なんかイイなぁ……。

 水香さんの珍しい姿を見たことに、何となく嬉しさを覚える。

「ありがとっ!」

 おしぼりを受け取り、笑顔でお礼を述べる水香さん。

「どういたしまして~!」

 水香さんに満面の笑みで返すと、トレイを持ち、新しいおしぼりを取って、翔子ちゃんのもとへ向かった。

「おまたせ~! はい! おしぼりと……お水っ!」

「ありがと~。それにしても混んでるね~。目立たない場所にあるのに……ん? どうしたの? ニヤニヤしちゃって」

 翔子ちゃんがそう言いながら、不審げに私を見据える。

……いけないいけない……顔に出ちゃってたのかぁ……。

 水香さんのレアショットを見れた上に、お礼を言われたこと。

 そして、翔子ちゃんが店に来てくれたこと。

 嬉しいことが続いたことで、気持ちが顔に表れていたみたい。

「ふふ……ちょっとね~」

 含み笑いをして、勿体ぶると。

「なんなんだか……え~と。生ビールをお願い」

 翔子ちゃんは呆れ顔で流し、注文をしてきた。

「あ~、とっ……生ビールは、中ジョッキでいい?」

 慌てて、トレイを脇に挟むと、席に備えつけられた注文票に書き込んで、確認した。

「いいよ。ところで、愛里? 良い女の水香さんは、いるの?」

「いるよぉ! 今、休憩中だけど……ほら、カウンターに、店長の向かいに座って、賄い食べてる人」

 カウンターの方を指差しながら、翔子ちゃんの質問に答える。

「……ふ~ん。あの人が……良い女の……うん、確かに。綺麗な人だわ~。それでいて仕事も出来るのかぁ。愛里が騒ぐのも頷ける」

「別に騒いでないよぉ!」

「はいはい、分かった分かった。口が尖ってるよ~」

 私の反論を、翔子ちゃんはそう言って軽く流すと、水を一口飲んだ。

……もぉ……翔子ちゃんてばぁ…………あっ……そうだ!

 ふと、思い出した。

 翔子ちゃんに聞こうとしていたこと。

 あの封筒のこと……。

「あのね。翔子ちゃん。ちょっと聞きたいんだけどぉ。あの封筒……翔子ちゃん家にあった、青い封筒のことなんだけどぉ……アレって」

「ああ、それなんだけど。どうやら、アレ……流行ってたのは、私が実習した学校だけだったみたい」

「え? そうなの?」

 思いがけない情報に、思わず、声を潜めて聞き返してしまった。

「うん。ちょっと機会があって、あの青い封筒の話を他の学校に行った友達に振ってみたんだよね。どの中学も。それに、高校も。あの青い封筒が流行っている所はなかったみたい」

「翔子ちゃんが行ってた学校……だけ?」

「うん。あの学校。ギンオウ中学校だけの流行みたいだね」

「ギンオウ中学校の……」

 ふと、頭に過った。

 さっき、更衣室で見たモノ。

 水香さんのバッグの中にあった……。

 青い封筒……。

……ということは……水香さんは……ギンオウ中学校と……関わりが……。

 どういった関係なんだろうか。

 学校関係者に知り合いがいるとか……。

 学校の卒業生だったとか……。

 単純に考えて、そこの生徒が水香さんに送ったとか……。

 実は、水香さんは、そこの学校の先生だったとか……。

…いやいや、先生はありえない……生徒が送ったというのも……なさそう‥…。

 それもそのはず、水香さんの家とギンオウ中学校はかなり距離がある。

 水香さんは二十年近く、今の家に住んでいると聞いたことがある。

 そうなると、ギンオウ中学校の卒業生ということもありえない。

 そして、ギンオウ中学校の生徒が水香さんに封筒を送るというのは……。

 可能性として、ないわけではないけれど……。

……だとしたら……接点は?ギンオウ中学校の生徒に会う機会は?

 トレイを胸の前で抱えながら、頭の中で疑問符を飛び交わせていると。

「愛里っ!」

 翔子ちゃんの声で、思考の渦から引き戻された。

「……なに考え込んでるの? あの封筒のこと? それより、生ビール―—」

「あっ!」

 閃き、大きな声を出してしまい、翔子ちゃんの言葉を遮ってしまった。

……そうだよぉ!翔子ちゃん!教育実習生!

 翔子ちゃんを見た時に、閃いた。

 もしかしたら、水香さんは、ギンオウ中学校に実習生として、行ったのかもしれない。

 可能性としてはかなり低いけど……。

 でも、水香さんなら、あの青い封筒のラブレターを、たくさんもらえるに違いない。

 そもそも、普段、水香さんがどんな生活をしているのか、私は全く知らない。

 本人は、フリーターと言っているけど……そうじゃないかもしれない。

 どこかの学校に通っていて、教職課程を履修していることもありえる。

 だとしたら……。

……翔子ちゃんに聞けば……分かるはず……。

 軽く息を吸い込むと、翔子ちゃんを見据える。

「どうしたの? いきなり大きな声を出したと思ったら……今度は何?」

 翔子ちゃんがそう言って、懐疑的な眼差しを私に向ける。

「翔子ちゃん。ギンオウ中学校の実習生って、翔子ちゃんだけじゃなかったよね? 他の学校からも来てたよね?」

「え? うん、そうだけど。それがどうかした?」

「あのね。他の実習生って憶えてるかなぁ? ……その中に、水香さんは……いた?」

「は? 水香さんって……あの水香さん?」

 翔子ちゃんはそう言いながら、カウンターの方を指差した。

「そう、その水香さん……いた?」

 身じろぎせずに、声を潜め、翔子ちゃんをジッと見据える。

「うーん……いなかったけど。というより、水香さんは学生なの? フリーターって言ってなかったっけ?」

 翔子ちゃんがカウンターの方を一瞥し、そう言った。

「そうだけど……ちょっと、気になって~」

 内心でホッとすると、胸に手を当てて、大きく深呼吸をする。

「で? 落ち着いた? そしたら、ビールね、持って来てね」

 翔子ちゃんがテーブルに頬杖を突いて、私の動きを眺めながら、そう言った。

「あっ! ごめんね! すぐ、持って来るからぁ!」

 トレイを脇に挟んだまま、両手を合わせて翔子ちゃんに謝ると、早足でカウンターへと向かった。

「おっ! 愛里ちゃん! 休憩入んな! 賄い出来てるぞぉ~!」

 カウンターに着くと、柴崎さんと話していた店長が野太い声でそう言った。

「すいませ~ん! 新規のお客様に、中ジョッキを出してから入りま~す!」

 トレイをカウンターに戻しながら、困り顔で店長にそう言うと。

「あ! テーブル席のお客様でしょ? 私がやっておくから、休憩に入っていいよ!」

 ちょうど厨房から出てきた水香さんが、そう言ってくれた。

「本当ですかぁ! すいませ~ん。じゃあ、お願いしま~す!」

 そう言って、水香さんの厚意に甘えると、翔子ちゃんをそっちのけで、賄いを取りに厨房へと向かった。

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