第13話

「おはようござ、ぃま~すぅ……」

 土曜日のバイト。

 居酒屋の更衣室。

 そのドアを開けると、水香さんがロッカーに凭れかかり、電話をしていた。

……いけないいけない……邪魔しちゃダメだよね……。

 話しの妨げにならないように、忍び足で自分のロッカーに向かう。

「……はい……そうなんですか……」

 水香さんは私に気付くことなく、通話を続けている。

 その姿を横目に、そのまま視線を下に移すと。

……あれ?え?もしかして……。

 床に置かれた水香さんのツーウェイバッグが目に入った。

 開かれたままで、バッグの中が見えていた。

 その中身に見覚えがあるモノがあった。

……あの……封筒……?

 脳裏に、あの色が過った。

 見覚えのある色。

……青い……封筒……?

 水香さんのバッグの中に……。

 あの青い封筒のようなモノが入っているのがわかった。

……本当に……あの封筒なのかなぁ……。

 好奇心と探究心が湧いてくる。

 昨日のもどかしい気持ちが甦る。

 あの青い封筒なのだろうか……。

 見間違いではないのだろうか……。

……水香さん……ごめんなさい……。

 興味を抑えられない。

 心の中で謝罪をすると、電話中の水香さんを一瞥して、バッグの中が良く見える位置まで体を寄せた。

……やっぱり……でも……うそ……こんなに……。

 青い封筒。

 翔子ちゃんの家で見たモノ。

 それが、水香さんのバッグに入っていた。

 それも、一通や、二通ではなかった……。

 バッグの中、その大半を青色に染めるほどの数……。

……どういうこと?……なんで?……水香さんが……コレを……?

 頭の中に疑問符がたくさん浮かぶ。

 水香さんは知っていたということなんだろうか……。

 青い封筒が流行っているということを……。

 そして、その流行に乗っているということなんだろうか……。

 この青い封筒は……。

 その内容は……。

 どういった流行なのか……。

……一体……なんなんだろう……?

 解けない疑問が頭の中を駆け巡る。

 モヤモヤと、どうしようもない気持ちが頭の中を取り巻く。

……でも……水香さんに……聞くわけにはいかないよね……。

 バッグの中身を覗いてしまった罪悪感と、抑えていたもどかしさを解き放ってしまったという後悔を感じながら、体を引いた。

……一か八か……翔子ちゃんに……聞いてみようかなぁ……。

 そう考えながら、水香さんをぼんやりと眺めていると。

「はい……失礼します……はぁ~……」

 水香さんが通話を終え、携帯をおでこに押し当てながら、深い溜め息を吐いた。

……大きな溜め息……どうしたんだろぉ……さっきの電話……もしかして……この封筒に関係しているのかなぁ?

 僅かな期待を胸に、水香さんに近寄ると、下から覗き込んだ。

「水香さぁん? どうかしたんですかぁ?」

「……ん、借り物のことで……ちょっとね……」

 私に気付いた水香さんが、凭れかかっていたロッカーから身を起こし、髪をかき上げながら、そう答えた。

……やっぱり……違うのかなぁ……でも……。

「借り物ですかぁ? DVDを返し忘れたとかですかぁ?」

 少しばかり気落ちしたけど、めげずに、ロッカーを開けながら、遠回しな探りを入れてみた。

「まぁ、そんな感じ……」

 当たり触りのない答え。

 これ以上は、無理かな……。

「そうですかぁ、延滞金はバカになりませんよぉ」

 私が冗談めいてそう言うと、水香さんは軽い笑みを浮かべ、ロッカーの中にバッグを仕舞った。

……結局……何もわからない……仕方ないよね……。

 もどかしさを抑え込むように、軽く溜め息を吐くと、制服に着替え始めた。

……翔子ちゃんに聞いてみて……あと……霧恵ちゃんにも、また聞いて見ようかなぁ……そして……チャンスがあったら……水香さんにも……。

 あれこれ考えながら、制服に着替え終えると、ロッカーを開けたまま深呼吸をしている水香さんに気付いた。

……やっぱり……体調が万全じゃないのかなぁ……大丈夫かなぁ……。

 病み上がりの水香さん。

 一昨日の時もそうだったけど……。

 上の空というか、どこか表情に翳りがある時がある。

「水香さん? 大丈夫ですかぁ?」

「大丈夫よ、ちょっと疲れ気味なだけ……」

 私の言葉に、水香さんは髪をかき上げ、笑顔で答えてくれた。

 だけど、その表情にぎこちなさを覚えた。

……やっぱり……体調悪いんだぁ……無理をさせちゃダメだよね!頑張ろっ!

 心の中で気合いを入れると。

「無理しないでくださいね……先に行ってます」

 水香さんにそう告げて、更衣室を出た。

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