第11話

「コレやって、待ってるね!」

 ゲームセンターらしい騒音の中、霧恵ちゃんは大きめの声でそう言って、ゲーム機を指差し、その前に座った。

 ちょっと前に流行った格闘ゲーム。

……霧恵ちゃんのお気に入りのゲームだぁ…………長くなりそうだなぁ……。

 内心で苦笑しながら笑顔で頷くと、表示された番号に発信して携帯を耳に当てた。

……水香さん……出てくれるかなぁ……。

 霧恵ちゃんがゲームを始めたのを横目に、呼び出しコールを聞きながら深呼吸をした。

 数回のコールの後、相手が出た。

「も…………し?」

……良かった……出てくれた!

 電話が繋がったことにホッとした。

 だけど、周りの音がうるさくて、水香さんの声が聞き取り難かった。

「あっ!! 水香さんっ!! 今っ! 大丈夫ですかぁ?!! 」

 周りの騒音に負けないように、大きな声で話した。

「だ……じょ…………だ……ど……どう…………の?」

 水香さんの声が全く聞き取れない。

 周りがうるさいせいだ。

 少しばかり、ムッとしてしまう。

「すいませんっ!! もう一度、お願いしますっ!! 」

 水香さんに対する申し訳ない気持ちを胸に、先程よりも大きな声で聞き返した。

「愛里ちゃんっ! 静かな場所に移動してっ!」

 今度は、はっきりと聞こえた。

 水香さんが大きな声で話してくれたおかげだ。

……そうだよね……こんな騒音の中じゃ……ダメだよね……。

 水香さんの言葉で反省すると、軽く息を吸い込んだ。

「はいっ! そうしますっ!」

 水香さんに届くように、先程と同じような大きな声で返すと、ゲームをプレイ中の霧恵ちゃんの肩を叩き、この場所から離れることを、指と目の仕草で示した。

……よし!外に出れば大丈夫かなぁ……。

 霧恵ちゃんが、片手を上げて応えるのを見届けてから、移動を開始した。

……急げ~!……水香さんを待たせるわけにはいかない!

 携帯を握ったまま早足で出口を目指した。

「早く早く早くぅ~」

 そう独り呟きながら出口近くのホールに辿り着くと、そのまま扉を押し開けて外に出た。

 外の通りには車が走り、人通りもあるけど、この中よりは騒がしくなかった。

 安心感を胸に、深呼吸をすると、携帯を耳に当てた。

「……もしもし? 水香さん? 聞こえます?」

「聞こえるよ……大丈夫?」

 水香さんの気遣いの声。

 問題なく聞こえる。

 それに、普通のトーンで話したけど、ちゃんと聞こえてるみたい。

……良かったぁ……何か……安心……。

 安堵と込み上げてくる嬉しさを感じながら、胸に手を当て、ホッとする。

「そう、良かった……ところで、何か用事があったの?」

 少しばかり、水香さんのトーンが明るくなった気がする。

 心配はかけられないからね……。

「ああ、すいません……あのですね……例の噂、教えてもらいましたよぉ」

「噂……?」

「そうですっ! 噂っ!」

 水香さんの確認の言葉に、自信ありげに胸を張って、答えた。

「マンションの噂だよね? ……どんな話?」

 早速、水香さんが本題を突いてきた。

 だけど、それより先に報告したいことがあった。

 絶対に、水香さんが喜ぶこと。

 大きく息を吸い込み、お腹に力を籠めた。

「その前に、重大な事が分かりました!」

……水香さん……びっくりするぞぉ~!

「そのマンション……どうやら、SICマンションらしいですよ!」

「えっ?! 」

 水香さんの驚きの声。

 予想通り。

 内心で嬉しくなり、話を続けた。

「何回も聞き直しましたから、間違いないです!

……私もビックリしました……

 まさか、水香さんが言っていた、SICマンションのことだったなんて……」

「良かった! 私が知りたかった噂だったのね……どんな話なの?」

 さらに水香さんのトーンが高くなっていることに気付くと、こっちのテンションも高まった。

 そして、水香さんの希望通りに本題に触れる。

「はい、えーとですね……仲の良い夫婦が住んでいた部屋に泥棒が入って……そして、その夫婦はマンションを立ち退いてしまった……ここまでは話しましたよね?」

 心なしかトーンを落とした口調で、話を進める。

 実は、このしゃべり方は霧恵ちゃんの真似。

「うん、泥棒の被害にあってから、妻の姿を見た人はいなかったんだよね?」

 水香さんの返答を聞き、さらにトーンを落として、話を続ける。

「そうです……じゃ、その理由……噂の一つを、話します……」

 一つ息を飲んで、次の言葉に備えると、淡々と、話し始めた。

「……部屋が引き払われ、夫が出て行く時でも、他の住人がその妻を見掛けることはなかった……離婚したとか、引きこもりになっていたとか……色々な噂が流れるわけなんですけど……いつからか、こんな噂が流れるんですよ……夫が妻を殺した、と……そして、その妻の死体を……マンションのどこかに……埋めた、と…………

真夜中、そのマンションを徘徊しているそうです……自分の死体を探す……妻の幽霊が…………以上ですっ!」

 笑顔で最後を締めると、ホッと息を吐いた。

 実は、最後の締め方も霧恵ちゃんの真似。

「ありがとう! ……ところで愛里ちゃん。噂って、他にもあるよね? その夫婦の話以外の噂も、あるよね?」

 水香さんが感謝の言葉を述べ、続けて、新たな問題を投げかけてきた。

……他の噂?SICマンションの……他の噂?聞いた事がない……。

「他の噂ですかぁ? ……うーん……知らないですね」

 そう答えると。

 ふと、どこからか、救急車のサイレンの音が聞こえ始めた。

「じゃあ、この噂を教えてくれた友達は……何所で、この噂を知ったの?」

……そういえば……何所で聞いたんだろぉ……霧恵ちゃんは……。

 考えてみれば、噂の出所は、霧恵ちゃんじゃない気がする。

 ただ、霧恵ちゃんはその噂を知っていただけ……。

 そして、家の近くにあるマンションの噂だったというだけ。

……もぉ……うるさいなぁ……。

 サイレンの音が近づいてきている。

 どうやら、この目の前の通りを走ってきているみたい。

 その音が大きくなり、思考を妨げる。

 とりあえず……。

「うーん、どこで聞いたんですかね。わからないです! ……すいませんっ! でもっ! そのマンションっ! ……友達ん家の近くにあるみたいですよぉ!」

 徐々に大きくなるサイレンの音に負けじと、声を張り上げ、水香さんに伝えると、目の前を通り過ぎて行く救急車を見届けた。

「……その友達は、どこら辺に住んでるの?」

 離れて行く救急車と、サイレンの音。

 その音が、充分に小さくなってから、水香さんが質問をしてきた。

……あれ?そういえば……霧恵ちゃん家って……何所にあるんだっけ?行ったことがないと思う……。

「えーと、どこだっけ……うーん……すいません、後で聞いておきます」

「そっか、お願いね……」

 水香さんの声がトーンダウンしたような気がした。

 水香さんの期待に、完全には応えられなかったみたい……。

……ダメだなぁ……私は……詰めが甘いなぁ……。

 少しばかりの焦りが込み上げてくる。

 早く、霧恵ちゃんに住所を聞かないと……。

 まずは……。

「そういえば、水香さん……次の出番って、明日ですよね?」

 そう切り出すと、振り返って、施設の入り口に向かった。

 正直、水香さんの出番は知っていた。

 でも、話を繋げるため……。

「うん、そうだねぇ……どうかした?」

「いえ、私も明日が出番なんですよぉ……」

 そう言って、入り口の扉を開けようとすると、中から、霧恵ちゃんが出てきた。

……グッドタイミング!霧恵ちゃん!

 笑顔で、その霧恵ちゃんの腕に片手で絡みついた。

「あっ! でも、友達の住んでる場所は、この後すぐに教えますね! ……メールでいいですかぁ?」

「ええ、メールでお願い。ありがとう! 助かるわ!」

「いえいえ、何かお役に立てたみたいで良かったです! ……それじゃあ、お疲れ様でーす!」

「お疲れ~」

 霧恵ちゃんの腕に絡みつきながら、水香さんが電話を切るのを待ち、通話を終えた。

「どうしたの?」

 腕に絡みつく私を見下ろして、霧恵ちゃんがそう言った。

「霧恵ちゃんっ! 霧恵ちゃん家の住所教えてっ!」

 霧恵ちゃんの問いに答えずに、その腕から離れると、携帯のメール機能を作動させた。

「え? 住所?」

「そう! お願い~! 教えて!」

 携帯を構え、いつでもメールが作成できる状態で、霧恵ちゃんに懇願した。

「まぁ……いいけど……え~と……」

 霧恵ちゃんの言う住所をメールに打ち込んでいく。

 そして、打ち込んだ住所を霧恵ちゃんに見せ、間違いがないことを確認すると。

「ありがとう! 霧恵ちゃん!」

 霧恵ちゃんに感謝すると同時に、水香さんにそのメールを送信した。

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