第10話
「じゃあ、霧恵ちゃん! 教えて?」
霧恵ちゃんがコーヒーを一口飲むのを見届けてから、そう言った。
誰も座っていないスロットのメダルゲーム。
その二台分の椅子を私たちは占領していた。
「え~とね。確か、私たちが高校二年の時……だったはず……」
「……うん。そうだったと思う」
霧恵ちゃんの話に、同意の相槌を打つと、コーンポタージュを一口飲んだ。
「だよね。その時に流れた噂……というか、起きた事件。私のウチの近くのマンションで起きた事件。それに関する噂なんだけど」
「ちょ、ちょっと待って! 今、ウチの近くって言ったよね?! そのマンションって、霧恵ちゃん家の近くにあるの?」
霧恵ちゃんの言葉に驚き、思わず、質問で話を中断してしまった。
「そうだけど……あれ? 言ってなかったっけ?」
「うん! 今、知ったよぉ! もしかして、マンションの名前とか分かる?」
私の質問に、霧恵ちゃんは、考える仕草でコーヒーを一口飲んだ。
「えーと、確か……SICマンション……だったと思う」
「えっ?! うそっ?! 」
霧恵ちゃんの答えに、思わず大きな声を出してしまい、慌てて片手で口を覆った。
「ど、どうしたの? ちょっとびっくりした~」
霧恵ちゃんはそう言って、苦笑すると、コーヒーを一気に飲み干した。
それを横目に、口を覆った手を取り、コーンポタージュを一口飲んだ。
……SICマンション……うそ……本当に? 水香さんが言ってた、マンション……なの?
もしかしたら、聞き間違いかもしれない。
確かめないと。
「霧恵ちゃん……SICマンションって言ったよね?」
「うん、そうだよ」
「本当に、SICマンションだよね?」
「うん、そう。どうしたの? そのマンション、知ってるの?」
霧恵ちゃんの質問を、曖昧な首振りで返すと、コーンポタージュを飲み干した。
……やっぱり……SICマンションなんだぁ……そうなると……この噂は……水香さんが聞きたかった……噂……。
「ゴメンね、霧恵ちゃん。続き、お願い」
霧恵ちゃんは私の言葉に頷くと、空の缶を両手で包むように持ち、それを見つめながら、ゆっくりと話し始めた。
「……マンションで起きた事件。それは、そのマンションの一室に泥棒が入ったこと……どの部屋なのかは分からないけど、その部屋には、仲の良い夫婦が住んでいた。その夫婦は本当に仲が良くて、そのマンションに住む他の住人は、その夫婦がいつも一緒にいる姿をよく目にしていた。だけど、その夫婦の部屋に泥棒が入った頃から、誰一人として、その夫婦が一緒にいる姿を見た人はいなかった。だけど、夫が一人でいるのを見ることはあった。でも、妻を見た人は誰もいなかった……そして……
その部屋はいつの間にか引き払われ、他の住人がその夫婦を見ることはなくなった……」
霧恵ちゃんは一呼吸置くと、視線を上げ、私を見た。
「ここまでが、本当にあった話みたい。それで、ここからが、噂……」
霧恵ちゃんは、私が無言で頷くのを見ると、視線を両手の中にある空缶に移した。
「このマンションの事件には、色んな噂があった。泥棒が入った後、妻の姿を見ることがなくなった。その理由というか、勝手な推測から生まれた噂なんだろうけど……実は、夫婦じゃなくて、旦那とその愛人だったとか。泥棒に入られたのではなく、奥さんが全財産を持って逃げたとか。離婚したとか。妻が引きこもりになっていたとか。くだらない噂がたくさんあった……その中で、一番、出回っていた噂……怖いヤツ。それを話すね?」
「う、うん……」
霧恵ちゃんの淡々とした口調に、思わず入りこんでしまい、一瞬、返答が詰まってしまった。
「……仲が良い夫婦の部屋に、泥棒が入った。その後、他の住人は夫を見ることはあったけど、妻を見ることはなかった。なぜなら、妻は夫に殺されていたから……じゃあ、妻の死体はどこにあるのか。部屋が引き払われた後でも、妻の死体は発見されてない。なぜなら、夫が、妻の死体を埋めたから。マンションのどこかに……詳しい場所は分からない。そして、その殺された妻。その幽霊が、埋められた自分の死体を探すために、真夜中のマンションを徘徊している……以上っ!」
霧恵ちゃんが顔を上げて、笑顔で話の終わりを告げた。
「そうかぁ……思い出したよぉ。怖いね~。本当にあったことなのぉ?」
霧恵ちゃんの話を聞き、初めてこの噂話を聞いた時のことを思い出した。
ちょっと、ゾッとして……。
そして、その時も、今と同じ質問をしたと思う。
「う~ん。噂だからね~。どうだろ~? 分かんない」
霧恵ちゃんはそう言って、立ち上がった。
当時と同じ返答だと思う。
……そうかぁ……こんな話だったよね……よ~しっ!
霧恵ちゃんに続いて立ち上がると、バッグから携帯を取り出した。
早速、水香さんに報告するために。
「霧恵ちゃん。ちょっと電話していいかな?」
「ん? いいよ。じゃあ、ゲームでもしてるね!」
霧恵ちゃんはそう言って、ビデオゲームコーナーへと歩き出し、途中にあったゴミ箱に持っている缶を捨てた。
「ごめんね! すぐに終わると思うから……あ、どのゲーム?」
そう言って、霧恵ちゃんの後をついて行きながら、缶をゴミ箱に捨て、携帯を操作する。
周りの音が騒がしくなってくるのを感じながら、アドレスから水香さんの番号を表示させた。
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