第2話

「あれ? ……おはよう! 今日は早いね。元気だった?」

 制服に着替え終わった時。

 更衣室のドアが開き、落ち着きのある澄んだ声が、私に掛けられた。

 懐かしさすらも感じさせる、待ちわびた声。

 嬉しさを胸に、声がした方を振り向いた。

 スレンダーで整った綺麗な顔立ちの女性がダークブラウンの髪をかき上げながら微笑みを浮かべ、更衣室に入ってきた。

……水香さんだぁ……良かったぁ……。

 〈田中水香〉さん。

 私が憧れ、尊敬する女性の一人。

 去年、この店で働き始めた時から、お世話になっているベテランスタッフ。

 この店のオープニングスタッフというだけあって、店長やオーナーからの信頼も絶大。

 さらに、この水香さん目当てのお客さんも多数。

 他のスタッフが陰で嫉妬する程の、万能な人。

……そんな水香さんが、体調を崩すなんて……でも、今は!

「おはよぉございまぁす!」

 とりあえず、水香さんに笑顔で元気良く挨拶。

「元気そう、ね」

 水香さんはそう言って私に微笑み掛けると、ドアを閉めて、そのままロッカーに向かい、肩に掛けていたツーウェイバッグを床に下ろした。

「体調、大丈夫ですかぁ?」

「ん……大丈夫よ」

 私の言葉に、髪をかき上げて微笑みを返した水香さん。

 この髪をかき上げる仕草。

 きっと、水香さんの癖なんだと思う。

 だけど、どこか目を惹かれてしまう動き。

 異性なら、思わず魅入ってしまうはず。

 世に云う、〈イイオンナ〉とは、水香さんのような女性のことなんだと思う。

……さすがだなぁ……。

 しみじみと、ロッカーを閉めながら、水香さんの動きを眺めた。

 ロッカーを開け、中にバッグを仕舞い、制服を手に取った水香さんの動きが、ふと、止まった。

 そして……。

……どうしたのかなぁ……考え事かなぁ……それにしても……。

 これ!

 時折見せる、この表情。

 何かを想い耽っているような。いつも何かを考えているような。悩ましく、知的なイメージを抱かせる表情。

 実際、水香さんは頭も良いし、何でも要領良くこなしてしまう、オールマイティな人。

 でも……。

……なんで、定職に就かないんだろぉ?

 これまで、水香さんは三桁近くの企業の面接を受けてきたと、店長が言ってた。

 だけど、水香さんのような人材だったら、欲しがる企業はたくさんあると思う。

 現に、幾つもの企業から内定をもらっていたと、これまた店長が言ってた。

……なにか、迷ってるのかなぁ?

 気が付くと、水香さんは着替えを終えていた。

 今は、髪バンドを口にくわえながら、長い髪を両手で後ろに束ねているところ。

 その姿が、色っぽい。

……すごいなぁ……私も、いつか!

 水香さんの一挙手一投足が参考になり、吸収して昇華するべきモノ。

……水香さんは目標!

 そう心で改めると、髪を束ね終えた水香さんがこっちを見た。

「どうしたの?」

「いえ……今日も、頑張りましょうね!」

 笑顔で気合を入れると、水香さんは微笑みで返してくれた。

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