秘密
紅野素良
かくしごと
「今日からお世話になります、
1呼吸置いて、まばらに拍手が起きる。
「はい、じゃあ太郎はそこの席で。みんな、色々教えてあげてくれ」
そう言い残し、担任は職員室へと戻っていった。
取り残された転校生は、もの珍しげな目で見られる。この視線には慣れっ子だ。転勤族の子どもにはこの程度、慣れたもんである。
僕の父親は昔から転勤することが多かった。
1年に1回は転校するので、なかなか友だちが出来ずにいた。しかし、父親曰く、今回の転校が最後のようだ。今までは小さなアパートで過ごしていたのだが、今では大きな一軒家に、家族みんなで暮らしている。
実は幼い頃、この町に住んでいたことがある。
そのときに『 なっつん 』というわんぱくな男の子と仲良くなったのだが、どうやらこのクラスには居ないみたいだ。彼ほど日に焼けていて、端正な顔立ちをしていればすぐに分かりそうなものだ。もっとも、会わないこの数年で彼が劇的に変わっている可能性もあるのだが。
まあ、そもそもこの学校にいるのかすらも分からないのだけれども。
███
ひとりでいると、あっという間に放課後だ。今日の授業に移動教室がなくて助かった。もしあったら、教室なんて分かるはずもないから大変だ。
今日のうちに校内を回っておくか。
そう思い、荷物を整理し、バッグを背負おうと顔を上げると、目の前には凛々しい顔をした女の子が立っていた。
「校舎、見て回るの?」
「そうだけど……」
「じゃあ案内してあげるよ、ちょっと待ってて」
そう言い残すと彼女は自分の席であろう場所に置いてあるバッグを背負い、友だちに別れを告げ
「行こっか」
と、僕の意見なんか聞かずに教室を後にした。
「ちょ、」
僕は慌てて追いかけて、彼女の斜め後方でスピードを緩める。
「……最初は職員室からでいい?」
「大丈夫。ありがとう」
「いいのよ、困ったときはお互い様。……わたしは
「こちらこそ、よろしく。保科さん」
「さん付けなんてしなくて普通に呼んでいいよ」
「分かった………よろしく、保科」
「………………よろしく…………着いた、ここが職員室ね。なにか困ったときは、ここに来るといいよ。じゃあ次は理科室に案内するね」
僕は彼女の先導に黙って着いていく。転校してきて初日の校内巡りで、案内役をしてくれたのは、保科がはじめてだ。
███
「と、これであらかた見終わったかな。帰り道とかはさすがに分かるよね?」
「うん、流石に大丈夫。ありがとね」
「気にしないで、好きでやってることだから」
「物好きだね」
「そんなことないよ。人に優しくするのは気持ちがいいからね。太郎くんは自転車通学?」
「いや、歩き」
「近いんだね。どこら辺に住んでるの?」
「東町のほう」
「じゃあ、一緒だ。わたしも歩きだから一緒に帰ろ」
「いいよ」
こうして僕は、転校初日ながら女の子と帰るという、青春のメインイベントともなりうることを成し遂げのだ。
「……太郎くんはどこから来たの?」
「名古屋から来た。元々、小さい頃だけどこの町に住んではいたんだ」
「そうなんだ、じゃあ友だちとかいるの?」
「うん。『 なっつん 』って子とよく遊んでたんだけど、知ってる?」
「…………どうだろう。クラスにはいなかったの?」
「たぶん」
「そっか………でも案外すぐに見つかるかもね」
「………もしかしてなにか知ってる?」
「…………秘密だよ秘密。『
「それ漫画のセリフだよな」
「そういうことだから、じゃあまた明日ね」
「あ、ちょ」
そう言い残し、彼女は颯爽と帰っていった。
色々と気になることはあるけれども、楽しい学校生活が始まりそうだ。
秘密 紅野素良 @ALsky
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