第4話

 自販機は一階の購買部の隣にある。しかも二台。一つは缶とかペットボトルが買えるやつ。もう一つが今のお目当て、紙パックのジュースが買えるやつ。

「にしても好きだよな、イチゴ牛乳。偶には違うの飲みたくなんないの?」

 自販機にお金を入れながらユウキが言う。

「うん! イチゴ牛乳『で』いいんじゃなくて、イチゴ牛乳『が』いいんだもんよ」

 私はちょっと口を尖らせてみる。

 まったく、ユウキってこう言う所がある。

 初めて二人で話した日、私がイチゴ牛乳飲んだ事無いって言ったら、ユウキがくれたんじゃん。飲みかけだったけど。でも、

「おいしいだろ?」

 って言って笑うその顔が眩し過ぎて、私は恋と言う名のピンク色の沼に落ちたのさ。

「どうした? ニヤニヤして」

「なぁーんでも無いですよーだ」

「もう。拗ねんなって」

 苦笑いと一緒に差し出されたイチゴ牛乳は今日もピンクのパッケージ。私の色。愛の色。

 ストローを出して、紙パックの上にある銀色の丸にブッ刺して、一口飲むと甘い味。と言うか、甘過ぎる味。でも乙女の愛はこれくらいが丁度いいのだ。

「機嫌直った?」

 元々全然機嫌なんか悪くないんだけど、そう言うことにしといた方がユウキに構ってもらえるかな?

「うーん、直らないなぁ。機嫌、直らないぬぁあ」

 思いっきり肩を落として、シワシワな顔を作る。どうだこの主演女優バリの演技力!

 チラッとユウキを見ると、なんだかムスッとしてる。あ、あれ? どうしちゃったの?

「そっか、なら私は一緒にいない方が良いな。吉岡、二人で帰ろうぜ」

「えっ?」

 ユウキに手を握られたヨシオカは困ったように私をチラチラ見てる。しかもちょっとほっぺが赤くなってる。キサマー! ユウキに惚れたらショーチしないからなっ!

 ……じゃなくて! あぁ、どんどんユウキが遠ざかってしまう!

「待ってー! ふざけてごめんなさいー!」

 走って追い付くと、ニヤニヤ顔のユウキがこっちを見た。

「アイラがワザと不機嫌やってるの分かってたから、私もやってみたけど、どうだった? 気ぃ悪くしたらスマン」

 ユウキがチョップポーズでちょっと頭を下げる。走った苦しさとユウキに嫌われてなかった安心感で、私は大きく息を吐いた。

「よ、良かったぁ。ユウキに嫌われたら、私もうここにいる意味無くなっちゃうよ」

「それはダメだっ!」

 ユウキが大きな声を出したから思わず肩がビクッてなった。ぶん投げるようにヨシオカの手を捨てて、私の手を優しく握り込む。熱くて綺麗な手。長い指が私の手の甲をつるりと撫でるから、私の心臓はドキドキうるさくなった。

「そんなこと、言うなよ」

 伏目がちなユウキの表情はなんだかエロくて、私は全身が心臓になってしまったみたい。心臓から吐き出された恋色に染まった血が、全身を巡って愛を拾って戻ってくる、そんな感覚。

「も、もー! 嘘だよ冗談だよ本気じゃないよぉ。どっか行くとか絶対無いから」

 明るい声で言うとユウキが顔を上げた。

「……ホント?」

「ホントホント! すっごくホント! ぜーったい何処にも行かないよぉ」

 私の手を握るユウキの綺麗な手に、ちょっとだけ力が入った。

「良かった」

 ユウキが笑った。ニヘって音が聞こえそうなくらいにフニャフニャの笑顔。普段イケメンなユウキはたまにこう言う顔にもなる。そこがすごぉく可愛くて仕方ないのよ。これぞギャップ萌え!

「あ、あの……」

 私のユウキ眺めタイムを邪魔する低い声。もう、何よ。不満顔してそっちを見ると、ヨシオカが目を泳がせて立ってた。あ、そういえばいたんだねヨシオカ。忘れてたよ。

「そろそろ帰らないか?」

「だな。ごめんな? 待たせちゃってさ」

 ユウキの手が離れちゃった。暖かかった手が今はちょっと寒い。

「いいよ、気にしてない」

 そう言うヨシオカの肩をユウキが叩いた。だから私も恨み半分でヨシオカのお尻を叩いた。

「うはっ」

「ホラホラ、ぼんやりしている暇は無いんじゃぞ若人よ! とっとと帰るぞよ!」

 うはってなんだ、うはって。もしかしてお尻が弱いのかしらん。ま、それはおいおい検証するといたしませう。

 ジュジューって音を立ててイチゴ牛乳を飲み切ると、下投げでゴミ箱にポイする。さよならイチゴ牛乳よ。なんて、特に名残惜しくないんだけど。そんなことをしてる間にユウキはどんどん先に行っちゃう。

「待て待てーい、ユウキ足が速いんよ」

「私は普通だって。アイラが体力無さすぎ」

 と、言いつつゼーゼー言う私の背中を摩ってくれるんだから、ユウキって優しいよね。

 購買部から右に真っ直ぐ行くと、下駄箱の並ぶ広い玄関に辿り着く。下駄箱は一年生の時から同じ所を使い続けてるんだって。途中入学の私と最初からいるユウキにはちょっと距離がある。折角なら隣だったら良かったのに……なんてユウキの方を見ようとしたらデカい影が遮った。

「アレレのレ、ヨシオカお隣だったの?」

「今頃気付いたのかよ」

 うん、今頃気付いたよ。だってユウキ以外目に入らないもん。

「スマンね。これからはちゃんと覚えるよ。私の左隣はヨシオカーって」

 右人差し指で自分の頭を叩いて、左人差し指でヨシオカの胸を叩く。すると、ヨシオカのほっぺがポッと赤くなった。うぅーむ、ウブなあんちくしょうだね。

「おい、二人とも。いつまでも戯れてないで帰るぞー」

 見るとユウキはもう玄関の外に出ている。ヨシオカと遊んでる場合じゃなかったよ。

「のわー、待っておくれよー。ホラホラ、ヨシオカも早く早くー」

 ヨシオカの腕をとって私は走り出した。まるで風の如く!

「うわっ!」

 ヨシオカから驚いた声がする。モチロンそんなのお構い無し。そのまま空いている手でユウキの腕を取った。

「見よっ! この電光石火の早わっ……ざぁ、はぁはぁ」

「だから体力無さ過ぎだって」

 ユウキが笑うからヨシオカもつられたみたいにちょっと笑った。だから私も笑っちゃった。はぁ、楽しいなぁ。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る