危機百髪のお姫様

いおにあ

私と姫様の日常


「むー・・・・・・」


 わが国の最高元首であらせられるセイント・ロラン=ミリオアス4世は、最大限にほっぺを膨らませる。


「はい、姫様。空腹なのでございますね。ただいま食事の用意をさせていただきます」


 深々と礼をして私は退室する。それからただちに、食事の準備をさせる。


 さすが我が宮殿の誇るべき料理番たち。私の指示からものの十分たらずで、準備はできた。


「ん・・・・・・」


 姫様は、待ちきれないといった風に、皿に盛られた料理に手を出す。私は慌てて制する。


「お待ちください、姫様。毒が入っておりますかもしれぬゆえ・・・・・・おい、ハルム」

「はっ」


 この道三十年、毒味のプロ中のプロ、侍従ハルムスが、前に出てくる。


 慣れた手つきで次々と料理に箸をつけていき、口に放り込んでいくハルムス。


「本日の料理は、こちらとこちらとこちらが安全です」

「了解。またしても、これだけの皿に毒が盛られていたか・・・・・・」


 私は毒の入っていた皿を引き上げながら、嘆息する。まったく、危うく我が主君が毒殺されるところだった。危機一髪だな。


 食事が終わった。これから、王妃様の午前の学習時間が始まる。


 私たちは長い廊下を歩きながら、学習室へと向かう。


「王妃、覚悟っ!」



 廊下を半分ほど歩いたときに、突然黒い影がどこからともなく飛び出してくる。


 飛び出してきたのは、真っ黒な衣服に身をすっぽりと包んだ刺客だった。ギラリと光る暗殺用の刃物を手にして、こちらに襲いかかってくる。 


「またかよ・・・・・・」


 少々うんざりしながらも、迅速かつ的確な回し蹴りを、その暗殺者に喰らわせる。


「うぐっ、・・・・・・」


 私の蹴りがクリティカルヒットした暗殺者は、吹っ飛ぶ。


「おーい、衛兵たちー。片付けといてくれるー?」


 異変に気付いた衛兵たちがようやくやって来たので、廊下に転がる暗殺者の後始末を命じておく。


 やっとのことで、私たちは学習室の前にたどり着く。


「むーっ」

「姫様、お待ちください」


 急いでドアを開けようとする姫様を引き留める私。


 それから、ドアの中央にある小さな秘密の扉を開ける。丁度、人ひとり分の頭が入るくらいの大きさの扉を開け、首を突っ込んで内部を確認する。


「やっぱりな・・・・・・」


 学習室内部のドア付近には、爆弾が仕掛けられていた。ドアの開閉に応じて、起爆するタイプの仕掛けだ。あのまま不用心にドアを開けていたら、私も姫様も、いまごろ木っ端微塵だったろう。


 パンパン、と手を打ち鳴らして私は、


「おーい、爆発物処理班。今日も頼んだぞ――」

「はっ」


 なぜだか、先程の衛兵たちよりも早く登場する処理班たち。こいつら、待機していたのか・・・・・・?というか、もうこいつらが爆弾を仕掛けたとしても、不思議じゃないよな・・・・・・などの疑念をわずかに抱えつつ、処理班たちに命令する私。まあ、爆弾はきちんと処理してくれるだろう。


「姫様、ひとまずここにいると危険です。中庭に一時待避を」

「むー」

「今月何度目だよと、ご不満なのですね。お気持ちは痛いほど分かります。ですが、姫様の安全を考えればこその判断です」

「ん」

「ご了承いただき、恐悦至極にございます」


 だが、中庭も安全ではなかった。というか、程遠かった。


 二十人あまりの、手に手にピストルやらマシンガンやらを握りしめた、殺し屋軍団が待ち構えていたのだ。しっかりと銃口をこちらに向けている。


「ああっ、もう、なんなんだよっ!!くたばれぇっ!」


 遂に私はブチ切れてしまった。


 私が咆哮を上げた途端、殺し屋たちの持っていた銃器が、釣り糸に引っ張れるように空中へと舞い上がる。もちろん、しっかりその銃器をしっかりと握りしめていた殺し屋たちの身体も、同様に吹っ飛んでいく。


 一人残らず、殺し屋たちは飛ばされて、行動不能になってしまった。


 念動力。あまり明かしていないが、私の密かな能力だ。これくらいの人数なら、吹き飛ばすことなど簡単だ。


「むぅ・・・・・・」

「姫様、お疲れなのですね。今日はもう授業は中止になさいますか」

「ん・・・・・・」

「それは嫌だと?流石は姫様、見上げた向学心です」


 私は姫様を誘導しながら、中庭を歩いて行く。


 まったく、こんな生活がいつまで続くのだろう。を上げたくなる今日この頃だ。


 しかし、これも仕方ないのだ。異常なまでに政情不安定な我が国は、国家元首になるのがあまりにも危険すぎて誰もやりたがらず、とうとうこんなご様子の姫様を、国家元首に祭り上げてしまったのだ。


 しかし、だからといってこの国の政治が安定するわけでもない。毎日毎日、姫様の命を狙う刺客が、ひっきりなしに宮殿に押し寄せてくる。それにいちいち対処する私たちの苦労といったら・・・・・・この前など、暗殺者組合の頭領が、正式に抗議をしてきた。姫様の命を狙う暗殺者が、あまりにも返り討ちに遭いすぎて、組合員の数が急減している、どうしてくれる、と。転職でもしたらどうなのだろうか。


 いや、愚痴はやめよう。私は姫様を、なんとしてでも守りきるのだ。


 そうそう。なぜ姫様が元首に選ばれてしまったのかについて。姫様はいつまでたっても、まともに言葉を話そうとしてくれないのだ。「んー」とか「むー」の声しか発さない。それで、姫様がまともに言葉を話せないのをいいことに、大臣たちが姫様を勝手に最高元首にしてしまったのだ。で、私は例外的に姫様の言いたいことが完璧に理解できるので、こうしてボディガード兼付き人の役目を任されているわけだ。


 そんなこんなで、姫様と私は、毎日毎日、危機一髪に見舞われているのだ。いや、もうこうなったら危機一髪なんてものではない。危機百髪だ。危機百髪のお姫様、とでも呼ぶべきか。


「うおっと、姫様。今度は上空から爆弾を投げてきましたよ、伏せてくださいっ!」

「むーっ!」


 私たちの危険でいっぱいの毎日は、まだまだ続く。


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