第7話 山の上にも三百年②

 夜、宿屋の布団の中でマルクトは考える。


 師匠の話をつなぎ合わせれば、攻撃魔法の使い手はかなりマイナー、少数派らしい。それは文明・文化レベルの進んだ都市の市民が、剣を手放すのと同じことだと説明された。

 法律レベルから武器を禁止することで、刃傷沙汰が起きないようにするのと同じ——だから現実には魔法による決闘とかも禁止されているらしい。


 物語とかイメージとは全然違う……。農村の辺鄙な村で、魔法使いなんて一人もいないところで暮らしていたから、情報格差がすさまじいせいかもしれない。マルクトは魔法に対する知識が全くなかった。


 法律で禁じられているって、それなら師匠は使い道のない光線魔法を、どうして学ぼうと思ったんだろう。師匠がいつも言っている、「快適に」「便利に」という指標からは、光線魔法を極めようなんて発想は出てこなさそうだ。


 案外、俺みたいに「かっこいいから」とか、そういう理由かもしれない。それとも実は師匠にはすさまじい殺人欲求とか破壊衝動とかがあって、それに突き動かされているのか……?


 そう考え始めると、寝れなくなってきた。


 そんなことはない。そんなことはないはずだ。

 でも俺は、まだ師匠のことを全然知らない。


 相部屋の方が安いからという理由で、同じ部屋にいた。


 師匠も眠っていないようだった。何かゴソゴソしていたかと思うと、布団から抜け、部屋を出ていった。


「……?」


 何をしに行ったのだろう。


 数分経っても戻ってこない。マルクトは自分も布団から這い出ると、部屋を抜け出した。


 なんとなく宿屋の外を出てみる。

 すると裏庭に、上弦の月に照らされて立つ人影が見えた。


「師匠……?」


 様子を伺う。確かに師匠の声が聞こえた。けどそれは、あまり聞いたことがない、親しげな声だった。誰かと話している——?


「ああ、久しぶり。悪いね。私がそっちに行けたらよかったんだけど」


 でも、肝心の相手が見えない。


「弟子に心配されたらいけないからね。そうなんだ、私にもついに弟子が……そんなことはしてないよ。向こうからお願いしてきたんだ。来るものは拒まずだからあとはわかるだろう」


 マルクトは少し胸が熱くなった。

 今まで自分が弟子入りしたことを、師匠がどう思っているのか、わからなかった。けど、少なくとも、師匠は喜んでくれる。


 それにしても、こんなに楽しそうに盛り上がっている師匠は初めて見た。

 一体誰と?


「へえ……? 人が? シャルロッテ……知らないねえ。へえ、逃げて。よりにもよって、貴族のお嬢さんが黒山に?」


 師匠の声がどんどん沈んでいく。


 マルクトはその言葉に耳を疑った。


 もしかして師匠は、黒山とつながりがあるのか。

 昼間に聞いた悪い精霊か何かと、グルなのか?


「え、人の気配?」


 師匠の言葉に、心臓がドクンと跳ねた。


「恐いね君は。全然気づかなかったよ」


 笑いまじりに言いながら、師匠の体が、マルクトの方を向いた。


「マルクト」


と呼びかけられた。明らかにばれている。


 隠し通すはずだった魔女の秘密を知ったカドで、俺は死ぬんだろうか——。

 師匠は微笑んでいた。

 あ、もう無理だ。首を差し出そうと思って、観念して返事した。


「はい……」

「え、あ……? 本当なんだ」

「え——?」


 師匠が戸惑った様子に、マルクトも混乱した。

 え、まさか気づいていないのに名前呼んだのかよ、と思わず言いそうになった。返事をしただけ損じゃないか。


「……コホン、良い子は寝てる時間だぞ」


 わざとらしく咳払いをする。その師匠の様子に、恐怖の感情が吹き飛んでいくのを感じた。


 なんだ、いつもの師匠だ。

 いつもと変わらない、ちょっと変わってる師匠だ。


「でもそうだね、せっかく夜更かしするなら前向きにやったほうが楽しいと思うんだ。そういうことだよマルクト、今から黒山に行こう」

「え? ——えええええ???」

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