第3話 基本にして便利な生活魔法②

 日が傾いてきた。


 夕食は、この前民家に泊めてもらった時に用意してもらった、二度焼したパンと、干し肉。そして師匠が嬉しそうなホクホク顔で、茶色い房のキノコをとってきた。


「……それ、なんすか」

「多分たべれる」

「ほんとっすか……?」


 茶色の中に黒粒々があり、微妙に怪しい見た目をしている。

 相変わらず変わりばえしない街道の隣に座る。石畳やコンクリートが敷かれているわけじゃなく、時々通る車輪の跡以外は野ざらしの状態だから、雑草が生え放題になっているところの方が多い。町の近くならもう少し整備されて歩きやすいよ、と師匠は言っていた。


 そして師匠はリュックを自分の前に置き中身を開けながら、こんなことを提案してきた。


「マルクト、火を起こしてみないか?」

「火?」

「光線につながるよ」

「やります!」


 マルクトは即答した。師匠はニコッと笑った。そしてリュックから虫メガネを取り出し、黙って差し出した。


 ……。


 俺、知ってる。

 あれだ、虫メガネで光を集めて、着火するやつだ。


「魔法関係なくないっすか」


 からかうを通り越して、いじめられているのかと一瞬思った。

 虫メガネを受け取ろうとしないマルクトに、師匠はいつもと変わらないトーンで説明を続けた。


「あるよ。魔力を増幅させて火を起こすクリーンで便利なアイテム。こうやって力を込めるとね……ぉわっ!?」


 勢いよく火柱が立った。置かれていたキノコが一瞬で燃え上がり、黒焦げになる。


「ああ、キノコが……!」


 危なすぎる、と思ったけど、師匠はキノコの心配をしていた。軽い動揺を見せながら、ひとまず消火すると、今度こそマルクトに虫メガネをにぎらせる。


「うん、まあ……いいや。マルクトもやってみな」


 全く参考にならなかった。


「は、はい……」


 マルクトは受け取ると、師匠の二の舞にならないようにと思いながら、恐る恐るイメージしてみる。


「あれ……?」


 しかし何も起こらない。にぎる力を強めていく。


「???——あ」


 いろいろやっていると、ボっと木の枝に、オレンジ色の火がついた。

 小さいけど、確かに自分の魔法だった。


「ついた……!」


 小さな火が周りに広がっていくように、静かな感動がマルクトの胸のなかで広がっていくのを感じた。


「きれいだね」


 師匠は虹を見つけた時のように、穏やかに微笑んだ。そして無事なキノコをせっせと枝に通し、炙り始める。


 焦げ目がついてくると、美味しそうな匂いが漂ってきた。

 そこに師匠は塩をかけて食べる。


「うまっ」


 マルクトも、お腹が空いてきた。


「俺も……」

「マルクトは食べないほうがいいよ」

「え、ひとりじめっすか」

「いや、ちょっとピリッとする」

「……!」


 それって、もしかしなくても毒キノコなんじゃ……?


 マルクトが困惑のまなざしを向けていると、師匠はさらに塩をふりかけた。


「まあうまいからいっか」

「いや全然よくないっすよ!?」


 とめようとしたのに、師匠はパクッと食べた。もぐもぐと噛みながら、


「最悪、回復魔法を片っ端から使えばどうにかなる」


暴論を言い出す。

 それ本当……? いや本当だとしてもまずいっすよね、解毒剤と一緒に毒を食べるようなもんっすよね。


 ふと街道を見ると、人影が見えた。誰かが歩いている。


「師匠、人が……」

「ほんとだ」


 マルクトの呼びかけに、師匠は一瞥したあと、二つ目のキノコを焼き始めた。


 荷物を持っていない軽装だから、旅人ではなさそうだった。

 この辺りに住んでいる人?


 師匠が気にしていなかったのでマルクトも一瞬気をそらしかけたけど、どうもその人が自分たちをじっと見ていることに気づいた。何か目的があるような気がしてならない。


 相手は生成り色の長袖に、黒ベストとズボンという格好だった。両手は空いている。

 さっきの荒っぽい人と関係があるのか、という疑問が脳裏をかすめた。


 男性が、自分たちの目の前で立ち止まったところで、初めて師匠は顔を上げた。


「魔法使いセシリアとか言ったのはお前か?」


 低く落ち着いているが、神経質そうな声だと思った。

 セシリア——さっき師匠が名乗った名前だ。


「言ったけど?」

「統領が呼んでいる。来い」


 思わぬ事態に、マルクトは師匠を見る。顔が合った。そして師匠は焼き上がりつつあるキノコを見た後に、男を見た。


「何か用?」


 友達に話すような気さくさだった。

 マルクトは、そんな態度で大丈夫か?と、ドキッとした。男は態度については何も言わず、短く答えた。


「会えばわかる」

「私が会う理由がないんだけど」


 師匠は面倒そうな雰囲気を隠しもしない。


「これは命令だ。痛い目に遭いたくなければついてこい」


 相手が何か武器を持っているように見えないけど、師匠が光線魔法を使えば一瞬だと思った。でも、


「痛いのはやだな……」


師匠はポツリとつぶやいた。そんな、そんな理由で知らない人についていくなんて危険すぎる。しかも、ついていくことに決めたらしいのに、


「このキノコ、食べ終わってからでいい?」


と訊ねた。


 マイペースすぎる……。


「……」

「それか、君も食べるかい?」


 男性に木の枝ごと差し出そうとする。


 え、それ毒キノコっすよね!?

 相手の眉間に皺がより、顔が険しくなった。

 そりゃそうだ。


「早くしろ」


 男性は言い捨てた。

 流石に食べなかった……。

 マルクトはなぜか、安心した。


 師匠は断られたことも楽しむように、最後のキノコをかじると、頬をゆるませた。


「あ、これはいける気がする。マルクト食べる?」

「いや、大丈夫っす……」


 人に見られているせいで、緊張して声が固くなる。


 そして師匠は食べ終わった木の枝をくるくる回すと、水を出して消火した。

 木の枝も杖代わりになるんだ。マルクトは密かにびっくりしていた。指パッチンでも出していたし、師匠にとってはなんでもありなのかもしれない。


「ごちそうさま、さ、いこっか。寝床もあると嬉しいんだけどな」


 そう言いながら、立ち上がった。

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