第9話 動乱の文化祭②

 ぼうっと突っ立っていたところを見られて恥ずかしい気持ちになりながらも、立派に飾り立てられた入口を潜り抜けた。

 まさか、宝条がこんな学校の生徒だったとは。驚きを隠せないまま、多くの招待客でごった返す構内を進む。

 ……歪だな。宝条の家のことを考えると、そんな感想が頭に浮かんだ。先輩も宝条も、兄妹ともにお金のかかる環境においてもらっているのに、先輩は親を憎んでいて、宝条はいつも肌の隠れる服を着ている。

 彼女の置かれている環境がずっと気にかかっているのに、踏み込めないでいる。宝条の事を知るたびに、彼女に何かしてやりたいと思うのに、僕にはいつも勇気も力も足りない。

「――東! 東ってば!」

 立花に声をかけられて我に返る。立花は手にパンフレットを広げていて、それに視線を落としていた。

「宝条ちゃんのステージ、体育館で昼からだって。まだ余裕あるし、どっか見て回る? 模擬店とかもいっぱい出てるみたいだし」

「……そうだな」

 立花が見やすいように少し、パンフレットをこちらに寄せる。確かに、事前に宝条から聞かされていた通り、クラス演目の劇は体育館で午後からの開始で、高等部一年のクラスから出演順になっていた。

 ……高等部?

 何か恐ろしい思い違いをしていた気がして、ぴたりと視線が固まる。紙面の上をいくら確認したところで、クラス演目の出演に中等部の記載はない。

 お、おかしい。そんなはずは……。ぐるぐると回る思考は嫌な疑惑を打ち消すことができず、動揺しながら僕は立花に問いかけた。どうにかこの疑念が杞憂でありますようにと祈りながら、パンフレットを震えながら指さす。

「あの、これ宝条の言ってた劇だよな? 中等部の出演が無いんだけれど……」

「中等部? 何言ってるの。クラス演目は高等部だけだよ」

 しかしながら、立花はあっさりとした口調で、無慈悲に目の前の現実を見せつけた。

「いや、でも、宝条は……」

「さっきから何言ってるの? 宝条ちゃん、同い年じゃん」

「うっ、あぁ……!」

 パンフレットの内容も、立花の答えも諦め悪く縋ったところで変わることがない。衝撃の事実に膝から崩れ落ちそうになる。なんとかうめき声をあげるだけに留めたけれど、今まで自分がしていた思い違いに気づき、過去の自分の立ちぶるまいが走馬灯のように一気に脳裏に駆け巡った。

 何故、僕はあんなにも先輩風をふかしてしまったんだ!

 羞恥心に頭を抱える僕に、立花が困惑気味に声をかける。

「まさか勘違いしてたの?」

「いや、だって、先輩の二歳下だって聞いてたから。ずっと中学生かと……。そ、そうか、あの人、四月生まれだから……」

「あ~。なるほど宝条ちゃん、早生まれなんだ! 二歳差の一学年違いだ! それで勘違いしてたんだ! いや確かにクラスメイトとかと比べると、いつもより気安い感じでいくな~とは思ってたんだよね~」

 すっきりとした様子で立花が笑い声をあげる。恥ずかしさからか、笑い声が脳内に響く感覚がした。

「思ってたなら、教えてくれよ!」

「知らないわけないと思って」

 八つ当たり気味な僕に、立花は至極まっとうな答えをかえした。あの電柱の下で宝条を見つけたとき、立花と宝条は初対面だったけれど、僕と宝条は軽く面識があった。先輩の妹の学年ぐらい把握していると思うのが当たり前だ。

 曖昧なまま勘違いしていた僕が悪いに決まっている。

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