第8話 サークルの不祥事①
【現在:大学二年の春】
佐原会長の呼び出し通り、僕は次の日はサークル棟へと顔を出した。宝条の連絡先が見つからなかった事にもやもやとしながらも、相も変わらず記憶は戻らずじまいだから真相なんて考えても分かるわけがない。覚えていないだけなのだから。
部室を開けると、すでに河西を除いて部員が集まっていた。扉が開ける音に反応して、パソコンに向かって作業をしていた佐原会長がこちらを振り返り、小さく手を振った。
「おぉ。あとは河西くんだね」
穏やかな様子でそうつぶやき、僕へ玉井の隣のパイプ椅子を勧めてきた。促されるままに座ると、落ち着かない様子で携帯画面を眺めていた玉井が顔を上げた。
「あ……」
気まずそうに小さく声を上げると、何やら迷った様子で口をつぐんだ。この反応も仕方がないのかもしれない。僕はあの死体について、彼女の意見を封殺し、口止めをさせている。いわば、共犯関係を強要したのだから。
部室へ沈黙がおり、気まずい空気ばかりが流れる中、そんな空気を読むこともなく、うるさい男が乱入してきた。
「いっち番乗り~……と、あれ、最後かいな。これは失敬失敬!」
乱暴に扉をぶち開けて、やかましく河西が僕の隣へとパイプ椅子を置く。当然のごとくふんぞり返る彼を、不愉快そうに南条先輩が睨みつけていた。
「よし。そろったね」
河西が椅子へと腰かけたのを確認すると、佐原会長はパソコンの画面を閉じ、部室の中央にあるホワイトボードの前へと進み出た。そして、黒いマーカーを手に取ると、キャップを外してサラサラと文字を書き始めた。白板には『新歓禁止通達及び対応について』と簡潔に今日の議題について記されていた。
……新歓禁止!?
思いがけない単語に、頬杖をついていた顔がずれてがくんと下がる。少しのしびれを感じて、顎をさすりながら顔を上げると、心配した様子で佐原会長がこちらをのぞき込んでいた。
「ちょっと、大丈夫かい?」
「え、ええ、まぁ……。あの、禁止って」
「あぁ! そうか! 記憶がないんだもんね。説明しないといけなかった」
すっかり失念していた様子で、佐原会長が目を丸くした。あ~そうだったそうだった、と自分の頭を叩くと、ちらりと南條女史へと目くばせをする。彼女は眉をひそめたけれど、話を遮ることはなく、黙って首を縦に振った。
南條女史の許しが出たことを確認すると、佐原会長は苦笑を浮かべながら、歯切れ悪くも切り出した。
「今年度、我が映画研究会は新歓時期の部員勧誘を禁じられてるんだ。去年度に不祥事があってね……えっと。あ~」
彼は不祥事の内容を説明しようとしているのだろう。言葉を選んでいる様子で視線が宙を泳ぐが、なかなか本題へと切り出そうとしない。不可解な様子に僕が眉を顰めると、南條女史は我慢の限界とばかりに口を開いた。
「原因がさっぱり忘れているんだから本当にいいご身分よね」
「え?」
「ちょ、ちょっと南條さん……」
厭味ったらしい口調に佐原部長が待ったをかけたが、彼女は呆れた様子で鼻を鳴らした。
「はっきり言った方がいいわよ。これは彼の所為でもあるんだから。去年、OBも参加する飲み会で、一名の死者が出て、未成年の飲酒が発覚。そのせいで、三か月の停部と新歓の禁止処分が下されたのよ」
一名の死者。嫌な響きの事実に僕は衝撃を受けて、次の言葉が紡げなくなった。それも『僕の所為』?
僕に対する南條女史がきつい態度を取っていた原因はきっとこれなのだろう。彼女は僕を睨みつけながら視線をそらそうとしない。あからさまに怒りを感じさせる態度だった。僕が気圧されて固まっていると、佐原部長が頬を指で掻きながらその事実を補足する。
「……酩酊して、真冬の道路で寝こけてたんだろうね。凍死しているのが見つかったんだ。死者が出ちゃったことで部の飲み会について聞き込みがあって、その中で未成年者の飲酒があったことが分かっちゃってね……」
あまり気が進まないようではあったけれど、佐原部長はしっかりと原因となった事件を教えてくれた。
「その亡くなった人物がOBだったのと、同席していた他大学のメンバーからその人物から飲酒した未成年へアルハラがあった証言があったから、処分が軽く済んだんだ。ただ、OBといえども関係者だしってことで、悪い噂が広がるわ、活動停止になるわで、退部者もいっぱい出てね。結構、大きいサークルだったんだけど、この大学のメンバーは僕らだけになっちゃったんだ」
衝撃を受けながらも、僕は次第に納得していった。どうりで人数が少ないわけだ。あの例の動画を見たとき、サークルの人数はかなり多く見えた。インカレという特徴から、ほかの大学の人物が映っているのかとも思ったけれど、それにしては一年生同士も親しそうな様子だった。明らかに今いる人数と、映っていた人数に差があったのは気になっていた。この大学で公式サークルとして存続するのに必要な人数は五人と決められている。佐原会長はしっかりとした実績を持っている人だ。そんな人物が所属しているのにサークルとして成り立つ人数がギリギリなのは違和感があった。
そういう事情だったのか。事態を飲み込みながらも、まだ疑問は残っていた。では、南條女史の言う、僕の所為というのは何なのだろう。
しかし、その疑問の答えはすぐに出た。
「それで……、未成年で飲酒したってのが、西山君と河西君の二人だったんだ」
「えへ」
名前を呼ばれて、河西は舌を出してふざけた顔をした。そんな彼を南條女史がぎろりと睨みつけた。
「で、でも、その先輩がひっどい人だったんだよ! よく新入部員の女の子を酔わせて家に持ち帰って無理やり、みたいなことをしてたみたいだし。あの時も俺はぁ、女の子かばってお酒飲んじゃったんだよ~」
南條女史の視線にびくりと肩を震わせて、河西は背筋を伸ばして言い訳を口にした。南條女史は呆れた顔をしている。
「あんたね……」
しかし、少しばかりその口調に含む怒気は薄れていた。
「まぁ、素行はよくない先輩だったね」
どうやら亡くなった先輩とやらはかなりの問題人物だったようで、佐原会長も南條女史も河西が語った人物像に否定を入れることはなく、すこしばかり気まずそうに眼をそらした。
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