第7話 異質な夏休み④
河川敷に降りて、橋の下へとやってくると、水辺が近く陰になっているからか、少し涼しさを感じた。
宝条は荷物をそばに置くと、中から取り出した台本を手渡してくれた。すでにセリフは頭の中に入っているらしい。立花とみっちりと練習を重ねたおかげか、初めのぎこちなさはすっかりと息をひそめて、セリフの読み上げも堂々としたものだ。
彼女の本番である文化祭は夏休み明けてすぐだ。もう目前に控えている。
動きの確認をしながら立ち位置を確認する宝条に、ふと疑問を感じた。本番も近いのに、彼女は学校で練習をしている様子が全くなかった。
「なぁ。そういえば、合わせの練習とかって……」
気になって聞いて、すぐに後悔した。
宝条の顔が曇ったのを見て、僕は口をつぐんだ。しまった。よく考えれば分かることだったのに。嫌がらせで宝条に劇の主役を押し付けるような奴らが、真面目に練習などするはずがない。
「い、衣装とかって、もう用意が出来てるのか?」
慌てて話題を変えると、宝条は戸惑いながらも逸らした先の話に乗ってくれた。
「あ……はい! あの、立花さんの伝手で貸してもらう予定で、今日、持ってきてもらう予定なんです!」
宝条は浮足立った様子で、やや大げさなほどの身振り手振りで身を乗り出した。
「楽しみで、昨日眠れなくて! じ、時間も間違えたし……」
少しはにかみながらもスマホを取り出して画面を向ける。どうやら衣装に関しては立花と個人的にやり取りをしていた様子で、二人が楽し気に会話している中に、衣装の画像がいくつか並んでいた。演劇部の倉庫に眠っていた衣装を使うらしい。いささか演劇部エースの越権行為にも思えたけれど、他所の部活のことだ。口出しはしまい。
それに、立花の強引さには呆れるけれど、その行動力の高さにはいつも驚かされながらも助かっている。多少のことは普段通り目をつむろう。
「小物とかはこないだ一緒に買いに行ったんですよ!」
宝条はそういうと、カバンから袋を引っ張り出して中に入っていたものを広げだした。まだ立花が来ていないのに広げたら一度片付けなければいけないのでは? そう思い引き留めようと思ったけれど、あまりに楽しそうに広げているので口出しするのも違うかと口をつぐんだ。
メイク道具だったり、劇の最中に登場するキーアイテムだったりを宝条は一つずつ僕に教えてくれた。いつもどこか遠慮がちな彼女にしては珍しく饒舌で、長い前髪と眼鏡に隠れている目が輝いているのが分かる。
「買い物は駅のショッピングモールに行ったのか?」
「はい! あそこだったらいろいろ揃うからって立花さんが教えてくれて!」
そのテンションの高さから、二人が楽しく買い物をする様子が浮かんでくるようだった。ほほえましく思っていると、ふと立花が当日の事を思い出したようで、少し腑に落ちない様子で話し始めた。
「そういえば、その時に立花さんの知り合いに会いました」
「立花の知り合い?」
ただ知り合いに出会ったにしては、宝条の様子は不思議なものだった。立花の知り合いといわれて一番に思いつくのは結城だ。痴話げんかに巻き込まれでもしたのだろうかと、僕は彼の特徴を聞いてみた。
「坊主頭で日に焼けて背の高い感じか?」
「いえ。そんな感じじゃなくて……、細身で、あまり日焼けはしてなかったです。背も高いって感じじゃなかったような」
なんだか歯切れの悪い口調と、その人物の特徴にますます謎が深まる。細身で日焼けをしていないとなると佐原部長かとも思ったけれども背が引くのなら彼でもない。僕の知らない演劇部の知り合いだろうかと思いを巡らせていると、宝条はさらに気になることを言い始めた。
「でも少し変な感じだったんですよね」
「変な感じ?」
「はい。立花さんの知り合いだって言ってたのに、ちょうど立花さんが会計で離れたときに声をかけてきたんです。それで戻ってくる前にどっか行ってしまって」
「……なんだそれ」
不可解な話に、なんだか気味の悪さを感じた。それは宝条も同じようで、思い返して疑惑が深まった様子だった。
僕は心当たりのある人物がいないかと、立花の知り合いを思い起こして、ふと、頭の中に一つの事を思い出した。
それは、結城の言っていた、立花を付き纏っていた人物なのではないだろうか。
気づけば心臓は嫌に早く鼓動して、血の気の引いた指先は冷たく固まっていた。
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