第7話 異質な夏休み③
「び、びっくりした」
宝条が小走りで駆け寄ってきて、僕の口からまず出たのは、そんな馬鹿みたいに素直な言葉だった。
「わ、私もです。じ、時間間違えて、ら、ラッキーでした」
宝条はつっかえながらそう言うと、隣へと移動してきた。当てもなく歩いていたから、僕はそのまま進むか悩んだのだけれども、踏切の前で立ち止まっている居心地の悪さからそのまま足を踏み出した。僕の歩幅に合わせて宝条が歩き出そうとするのが見えて、歩調を緩めた。
「ど、どこかに用事だったんですか?」
ぎこちなくはあったけれど、出会った当初からは考えられないほど自然に彼女は話題を切り出した。
「あ~……」
用事なんてあるわけない。ごまかし笑いを浮かべて言葉を濁す、話題をそらすためにただ思いついたことを口にした。
「まあ、大したことじゃない。そういえば、試合。惜しかったな。あともうちょっとだったのに」
「しあい? ……あ、ああ! そう、ですね。延長戦で負けてしまって……」
試合という単語に宝条は、一瞬きょとんとした顔を浮かべたが、すぐにピンと来たのか嬉しそうな表情を浮かべ、またすぐに笑顔を曇らせた。ころころと表情が変わる様子は愉快だったけれども、心中を察して乾いた笑いがこぼれた。
今年の夏、宝条先輩や結城たちの所属する我が校の野球部は地区予選を制覇し、甲子園出場を果たした。常連校ではあるものの、夏の魔物という言葉もあるぐらい、強豪であろうと夏の大会は油断できない。特に、今年の三年は投手がうまく育たず、投手層が薄いと聞いていた。危ない試合も多かったと聞く。
ただ、投手に関して言えば、宝条先輩が二年生ながら、三年生やスカウト組を押しのけてエースを張り、好投していたと聞いている。実際、ベスト16の一歩手前まで勝ち進み、延長戦に入って投手交代したうえで、サヨナラの点を入れられたらしい。
あの人が、もっとも怒りそうな負け方だ。宝条の反応を見れば、先輩が試合のあとにどれだけ荒れていたのか察しが付くというものだ。
幸い、宝条先輩はまだ二年生だ。夏が終わったというのに、結城が忙しそうにしているのは、(怒りに)燃えている先輩に扱かれているのだろう。
宝条は視線を少し泳がせて、所在なさげに長袖の裾をさすった。彼女の額には汗が浮かんでいるのに、腕まくりの一つもしていない。
僕の視線に気づいたのか、宝条はさすっていた手を離すと、背中へと腕を隠してしまった。
「えっと、おに……兄のことはいいんです。来年が本番ですから」
お兄ちゃんと言いかけて、宝条は恥ずかしそうに訂正した。
「あの……西山さんは、これから何か用事って……」
再び話題が戻り、困って頬を掻く。
不思議だ。どうしてそこまで僕の用事にこだわるのだろう。
適当に足を進めていたおかげで、いつもの河川敷にもうすぐたどり着きそうだ。宝条は河川敷の方へと視線をやると、何かを言いたげにもごもごと口ごもった。足を進めるにつれて、さらに落ち着きが無くなっていく。
そこでやっと彼女が言いたいであろうことに気づいた。
「……まだ早いけど、先に練習しておくか?」
河川敷を通り過ぎる前に足を止めてそう提案する。宝条は嬉しそうにぱっと顔を上げて笑顔を浮かべていた。
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