第7話 異質な夏休み②

 病院へ行くと言って家を飛び出すと、強すぎる日差しが目を刺した。冷房の効いた中で過ごしていたからか、肌がひりつくような感覚があった。

暑さにうんざりして日陰へと身を寄せる。衝動的に出てきたから、手元には携帯と財布ぐらいしかない。

 一応、今日も立花と宝条の二人と劇の練習の約束はしていた。ただ、その時間はうんと先のことで、僕は手持無沙汰で立ち尽くした。病院に行く気はさらさらなかった。異常がない事は僕自身がよく分かっている。

 家に戻りたくはない。携帯を手に取って、思い浮かぶ相手は立花だけだった。でも、彼女は部活中だ。

 それに。それに――。

 思考停止したまま、無為に時間だけが流れていく。まるで迷子になったかのように何をすればいいのか分からない。前までなら、そんな時はただボールを投げていれば何にも考えずに済んだのに、今はその逃げ場すら無くなってしまった。

気づけば、適当に足を動かしているうちに踏切が目の前にあった。甲高い警告音に足を止めて、黒と黄色のバーの前に留まる。

カンカンカンカン。遠くに列車が走ってくるのが分かるが、まだ豆粒のような大きさだった。

――そういえば、佐原部長の台本はどんな結末になったんだろう。

 ふと思い浮かんだのは、少し前に見た演劇部の演目だった。結末の決まっていなかったあの劇はどんな終わり方を迎えるのだろうか。

 かけがえのない何かを無くした後に、主人公はどうやって立ち直るのか。それとも、立ち直ることはなく破滅していくのだろうか。

 答えをしれば楽になれるかもしれない。

 ゴウッと目の前を強風が吹き抜ける。大きな車体がバーの向こうで周りの空気を巻き込んで通り抜けていく。

 車体が巻き込む風の音と、踏切の警告音。騒音の中にいると、どこか世間から隔絶している気分になる。そんな中、足を止められた僕にできることは、ぼんやりとそれが通り過ぎるのを待つだけだ。手に持っていた携帯をのぞき込み、そのときやっと携帯が震えていたことに気づいた。

随分と呆けていたらしいことを自覚し、慌てて取り出して画面を見た。

 そこには宝条の名前が表示されていた。ぎょっと驚く。彼女とのやり取りは、立花も入っているグループラインでしかやったことがない。ましてや、通話だなんて。

 恐る恐る耳に押し当てて通話ボタンをおす。周りがうるさい分、恐る恐るではあるものの自然と遠くへ話しかけるような大声になる。

「もしもし!」

『あの、あ……、私、宝条です』

「え? あ、ああ。知ってる。名前出るから」

『あ! あは、ははは……』

通話越しの宝条はひどく緊張した様子で、こわばった声で恥ずかしそうに笑っていた。

『ご、ごめんなさい。いきなり通話して』

「いいよ。暇にしてたから。むしろ助かったぐらいだ」

 宝条との通話を続けながら、僕の頭には数々の疑問が浮かんでいた。いったい何のようなのだろう。今日の練習のことだろうか。それにしてもどうして僕にだけ。もう立花には連絡した後なのだろうか。先ほどまで頭に浮かんでいた疑問が、次々と浮かぶ新たな疑問に追いやられていく。

 動揺しながら、宝条の次の言葉を待っていると、彼女は少しばかり言いよどんだ後に、おずおずと切り出した。

『あの、私、集合時間を勘違いしてて……。間違えたことに気づいて戻るところだったんですけど、あの……、ちょうど、め、目の前に西山さんが見えて』

 彼女がそこまで口にしたところで、さっと、視界が開けた。列車が通り過ぎたことで、踏切の向こう側にも人がいたことに気づいた。携帯電話を耳に押し当てて、居心地悪そうにこちらを見ている。

「あは、はは……」

 風にあおられて少しばかり髪が乱れている宝条が、通話口と同じ、力ない笑い声をあげていた。

「ほ、宝条……」

 この時の僕はひどく間抜けた顔をしていたと思う。ぽかんと口をあけて呆けていると、目の前をゆっくりと黄色と黒のバーが登っていった。

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