第6話 春の悪夢⑤

「立花……?」

 震えながら立花の学生証を掴む。目の前の骸骨に話しかけたって答えが返ってくるわけがないのに、呼びかけずにはいられなかった。

 後ろから草を踏む音がして、僕の背後から誰かが目の前の死体を覗き込んでいた。

「……っ! あずま、くん?」

 息を呑み、強張った声が僕を呼んだ。玉井が裾を掴むのが分かった。遅れて、河西が横からひょいと顔を出して、不躾にうつ伏せに倒れているその体を眺めた。

「まさか、こんなもんが有るとは……」

 流石にその声も固く緊張が感じ取れる。彼はこちらをちらりと一瞥すると、僕の手元の学生証へと視線を止めた。

「なんや身分証があったんか? 『立花』言うとったけど知り合いか?」

 言葉が喉に引っ掛かる感覚。あのコートが目に入ってから、動悸が激しくなり、息苦しかった。

「……幼馴染だ」

「へぇ。ちなみにその幼馴染ってのは、女の子か?」

「そうだけど……」

 何とか僕が絞り出した声に、河西はなにやら引っ掛かる物言いをした。僕の幼馴染が男か女かだなんて、どうして彼が気にするのだろう。

 しかし、その疑問の答えはすぐに分かることになる。河西は学生証の相手が女だと分かると、眉間へとしわを寄せた。

 そして死体を、正しくはその服を指さした。

「これ、多分女じゃないで。確かにコートは女性ものやけど、中の服は男もんや」

 は?

 今度は僕が眉間へとしわを寄せる番だった。河西に促され、僕は死体へと視線を映した。変色したスプリングコートは明らかに女性ものだった。あまり見たいものではなかったけれど、僕はそのコートの中の服装をまじまじと見た。襟付きのシャツにデニムパンツ、薄汚れたスニーカーは女性にしてはサイズが大きい。確かに河西の言う通り、シャツの合わせも右前で紳士服の特徴が見て取れた。

 ざわざわと胸騒ぎがした。黙り込んでいた僕をどう受け取ったのか、河西は更に下へと近づいていった。

「納得できないなら骨格でも見てみるか? 肋骨と骨盤は男女で違いがあるそうやで」

 河西は「汚っいなぁ」とぼやきながらハンカチを広げると薄汚れた服を器用にそれで掴みながら中を捲った。

「やっぱり男や。肋骨が広がっとるし、骨盤も狭いし長い」

 なんでそんな知識があるのか、不思議に思ったけれど追及するだけの気力が湧いてこない。

 この死体は立花じゃない? では、誰の死体だと言うのだ。学生証がポケットから零れ落ちていたということは、コート自体は立花の物に違いないだろう。しかし、性別が男な以上、ここにいるのは立花ではありえない。

 じゃあ、こいつは一体誰なんだ。立花のコートを着て、どうしてこいつはここで死んでいるんだ。

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