第6話 春の悪夢④

 僕は長い道路を降りて、下からガードレール下に当たる場所へと昇ることにした。玉井は家に帰ることを勧めていたが、どうしてもこの下にあるものは見ないといけないと思った。

 強情に譲らない僕に、玉井は観念して一つだけ条件を出した。

 せめてもう一人を連れて行くこと。整備されていない山道を歩くことを危惧したのもそうだろうが、不安定な僕を引き留めるのは一人では無理だと判断したのだろう。

 彼女が複数人に電話をかけ、暫く待つと一人の人物がやって来た。

「あずやん、おもろい事する時は俺も誘ってって言ったやんか~」

 へらへらとしながら話しかけてきた河西に、玉井は至極嫌そうな顔をしていた。佐原会長も、南條女史も都合が合わなくて、やむを得ず彼に連絡するしか無かったようだった。

 河西は運転してきた白いバンの荷台から荷物を取り出すと、僕と玉井にも同じものを渡した。

「下から山道を登るより手っ取り早い方法があるで」

 ずっしりと重い緑色の袋の中身は、丈夫そうなロープがいくつかと、ヘルメットや手袋、いくつもの金具とベルトが重なった謎の器具が入っていた。

 河西は企んだ笑顔のまま、白いバンを通行の邪魔にならない道端へ停めて、人目が付かないように獣道へ進むように促した。近くの人目に付かない場所、必然的にあの穴のある所へ僕は戻って来ていた。

 あの凹んだガードレールから、獣道に入ってすぐの場所へ穴はあった。僕が記憶を取り戻した時にずり落ちていた傾斜と、ガードレールの下は繋がっているようだった。

 ぽっかりと空いた大きな地面の穴に、河西は嬉しそうに口笛を吹いた。

「なんだか事件の香りがする場所やね」

 上機嫌な河西の様子に玉井は眉を顰めていたが、彼の行動を諫めるよりも関わることの方が嫌なようで、話しかけようとはしなかった。そして僕が不審な行動を取らないように、警戒した様子でぴったりと背後にくっついたまま動かなかった。

 河西は僕らに持たせていた荷物をひったくるとなにやら、太い木を探してロープをくくり付けたり、ベルトが沢山ついた器具(河西はハーネスと呼んでいた)を自分の腰へと装着したり、と準備を始めた。どんどんと仰々しい恰好へと変わっていく。

 彼の姿を見て、何となく薄々何をしようとしているのかの察しがつき始めた。

 河西は用心深くロープを引っ張ったり、何かの点検を繰り返したりしたあと、こちらをクルリと振り返った。彼の手元には後二つ同じ器具があった。

 大分長い時間をかけて懸垂下降の為の用意をして、河西は楽しそうに斜面をスルスルとロープを使って降りて行った。一人さっさと行った後は、無責任にも下から野次を飛ばしていた。

 こんな事をぶっつけ本番でやらせる奴があるか。やっとのことで地面に着いた頃には、汗で体中がびちゃびちゃになっていた。玉井も青い顔をして隣で座り込んでいた。

 絶対にこんな気楽にやって良い事ではない気がする。命の危険を傍に感じながらロープを握りしめていた手はまだジンジンと痛みを訴えていた。

 死ぬ思いでたどり着いた斜面の下は、人が踏み入らないからか背の高い草に覆われていた。しかし、その草が踏み荒らされた跡があり、ぽっかりと一部分だけまるで穴が開いているみたいにくぼんでいる箇所があった。

 息を呑んで、僕はそこへと近づく。

 草が生えていないそこには、服が落ちていた。見覚えのあるスプリングコートは、酷く変色して元々の形を知らなければ同じ物だということすら分からなかったかもしれない。

 服の中には、骨が入っていた。いや、違う。骨が服を着ていた。

 異様な光景に目を逸らそうとして、コートのポケットから零れ落ちているものに気付いた。カード型の何か。

 青色をしたそのカードが母校の学生証だと気付いて僕はそれを拾い上げた。

 そこには、立花しおりの名前と顔写真がくっきりと写っていた。

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