第6話 春の悪夢③

 待ち合わせの場所で玉井に会うと、彼女は心配そうな顔をした。

「すごい顔色してるよ? 大丈夫?」

「……ああ。気にしないでくれ」

 身の入らない返事に益々玉井は気遣うそぶりを見せた。しかしそれを気にしている余裕は今の僕にはなかった。

僕は玉井を連れて、動画に写っていたあのキャンプ場へとやってきていた。キャンプ場は山の麓にあり、バスを乗り継ぐ必要はあったけれど、予想していたよりも早くたどり着けた。

休日ということもあり、春の陽気も手伝って家族連れが多く、いくつもテントが張ってあった。子供たちが楽しそうに走り回っている。

 何の変哲の無いキャンプ場だ。炊事棟も綺麗に整備されていて、使い勝手も良さそうだった。

 あのカメラの映像を思い出した。バーベキューの準備をしている様子。確か炊事棟の中から撮影がされていた。

 小走りで炊事棟の中へと移動する。そこから外を見ると、あの動画の通りに駐車場が遠くに見えた。

 動画の通り、何の手がかりもない。毒気が抜けるほど、のどかな風景が広がっている。

 ……馬鹿らしい。結局何の手がかりもないじゃないか。

「待ってよ、東くん。いきなり走り出してどうしたの?」

 遅れて着いてきた玉井が困惑しながら追いかけてきた。

「……帰る」

 しかし僕の口から出たのは、そんなぶっきらぼうで勝手な言葉だけだった。

 ただこれ以上ここには居たくなかった。明るい日差しの中で、子供の声なんか聞いていると、胸の中がくさくさして仕方がなかった。

「……それがいいかもね。なんだか今日は調子が良くないみたいだから」

 玉井は自分勝手な僕の行動に苦言を呈することもなく、優しい口調で了承した。

 自己嫌悪に苛まれながら、気分の悪さから何も喋られなかった。運よくあまり待たずに乗ることが出来たバスの中も、僕は無言で外の景色を眺めていた。

 流れる景色は、山道だから真剣に眺めたって同じ景色が延々と続いている。無軌道に生えた自然林が見えるだけだ。時折寂れた看板があるぐらいで、あとは忘れ去られたようにある標識やカーブミラー、ガードレールぐらいだ。

 まるで場面をつなぎ合わせてループ再生しているような気色が続く。面白い景色という訳じゃなかったけれど、他に何もする気になれないで外を眺めていた。

 トンネルなんかが無くてよかった。もし窓に僕の顔なんかが写って玉井に見えたら、どんな表情をすればいいのか分からなかった。

 僕の内面とは違って外はまさに小春日和といった気候で、曇る様子一つもない。

 こんな天気のいい日に、と思うと玉井に申し訳なかった。せめて謝罪の一つでも言うべきだろうと、振り返りかけた瞬間に目に映ったもので言葉が飛んだ。

 ガードレールの一部が凹んでいる。

 なんてことない。山道でたまに見かける風景だ。獣がぶつかったのか、車が当て逃げをしたのか。どちらにせよ僕が気にするような事ではないはずだった。

「止まれ。止めてくれ!」

 それなのに僕は大声を上げてバスを止めた。運転手が困惑した様子でこちらを見ていたが、頼み込んで無理にバスを降ろしてもらった。

 急いで、ガードレールへと駆け寄る。後ろから玉井の焦った声が聞こえたが、今は頭の中に入ってこなかった。

 ここら辺の風景には見覚えがあった。あの穴の近くだ。通った時は暗闇の中だったのに、なぜ僕はそれが分かるんだろうか。

 一度、来たことが有るんじゃないだろうか。なんだか胸騒ぎがした。

 ここだ。ここに何かがある。

 ガードレールの向こうは崖になっている。下を見ても鬱蒼と茂る木々以外目に入るものはない。

 この向こうだ。強い確信のもと、僕がガードレールへ足をかけると、玉井が後ろから僕の腰に抱き着いて止めた。

「駄目! 危ないよ!」

「うるさい! 放せ!」

 絶対にこの先だ。ここの下に僕が探していた何かがある。彼女の手をはがそうと掴むが、意外と力が強くて引きはがせない。

「やめて! こんなの飛び降り自殺だよ!」

 飛び降り自殺という言葉に、頭から冷や水を掛けられたような衝撃を受けた。頭に結城の最期が思い浮かぶ、それと同時に目の前にうつった自分の足元に悲鳴を上げそうになった。

切り立った斜面にはまともな地面がない。こんなところから飛び出したが最後、まともな体ではいられないだろう。

 ぞっとなり、かけていた足を降ろす。

 玉井がほっと息を吐くのが分かった。

 一体、僕は何をやっているのだろう。彼女を振り回して。

 あんな悪夢を見て、記憶のほんの一部分を取り戻して、疑心暗鬼になって、まだ何も分かってはいないのに。

 思い出さないと。自分が何をしたのか、何があったのか、真実を知って向き合わないといけない。

「ごめん。本当にごめん……」

 よろよろとその場にへたり込んだ。自分がしでかしかけたことに、腰が抜けてまともに立てなかった。

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