第1話 大学二年の春②
僕の家に来る前に、玉井は僕らが所属しているサークル、映画研究会の方へ顔を出していたらしい。つまり、彼女と僕の関係はサークル仲間だった言うことだ。
サークル棟での新入生勧誘の準備が終り、玉井が帰ろうとしたときに、結城の訃報はやって来たらしい。
「大学の屋上から飛び降り自殺だって。すごく騒ぎになっていたみたいで、帰り際に話が来たの。即死だったみたいだよ」
結城は僕らのサークルとは共同に活動を行う別大学のサークルに所属していた。彼の通う大学で飛び降り自殺をし、それをちょうど打ち合わせで訪れていた映研の会長が目撃したそうだ。
それが、十八時。僕が電話を取った時刻とも一致した。
「私が話を聞いてサークル棟を出たのが十九時。今が十九時半。携帯がないから、遅刻できないと思って急いで帰ってきたんだよ」
玉井の言葉はあまり頭に入ってこなかった。他人から聞かされた瞬間、結城の死はやけに現実味を帯びて、僕はその場を動けなくなってしまった。
「東くん? ……まさかそんなにショックを受けるとは思わなかったな。私はむしろ東くんは彼が死んだら喜ぶと思ってた、けど……」
僕が睨み付けているのに気づき、玉井は言葉尻を濁した。気まずそうに目を逸らすのは、僕が目に涙を溜めていたからだろう。
「随分と、軽く言うんだな」
「えっと、私、あんまり関わりなかったから。お、怒ってる?」
「いや、別に」
玉井は焦った様子で、僕の顔色を窺っていた。自然と語気が強くなる。
「怒るほど、お前のこと知らない」
乱暴に吐き捨て、涙を拭うと、玉井は酷く傷ついた顔をしていた。
……なんで僕が罪悪感を抱かないといけないんだ。苛立ちと居心地の悪さが混在するまま、僕は彼女を無視して、着替えるために服を箪笥から引っ張り出した。
「さっさと帰れよ」
尚も動かない玉井に僕はそう言い捨てると、扉を開けて浴室へと向かった。
シャワーを浴び、居間へ戻ると、未だ玉井は立ったまま待っていた。流石に家にでも帰っていると思っていた僕は、項垂れている彼女を見てギョッとした。
「ま、まだ居たのか」
「……東くんに嫌われたまま帰れない」
「はあ?」
『嫌うも何もお前の事を知らない』と言いかけて僕は呑み込んだ。これでは追い打ちだ。
失くした記憶は一年。卒業して親元を離れ、授業を受けたり、サークル活動をしたり、同年代と助け合って生活した一年の記憶が僕からはすっぽりと抜け落ちている。
そしておそらくその中に、僕にとっては都合の悪い記憶がある。結城に関わる、彼を死に追いやったはずの『何か』。
それを都合よく忘れて、勝手に取り乱した。
玉井と僕の関係がどういった程度のものだったのかは分からないが、彼女を責めるのは筋違いだった。
幾分か時間を置いたせいで、僕の頭は冷静になってしまった。
「……わ、悪かった。僕が悪かった! さっきのは八つ当たりだ。混乱してたんだ。多分、おま……玉井さんが言っていたことの方が筋が通ってるんだ」
僕は拙いながらも謝罪の言葉を口にした。事態は依然呑み込めない。これが今の僕に出来る精一杯だった。
玉井は謝罪を受け、ポカンとした顔をしていた。たどたどしい謝罪に呆気にとられたというよりは、非常に困惑した様子だ。僕はその真意を図りかね、謝罪した立場にも関わらず問いかけてしまった。
「なんだよ」
「『玉井さん』? えっと、まだ怒ってるってこと?」
玉井は僕が言い直したその呼び方に、引っ掛かりを覚えていた。そう、まずはこのややこしい事情を話すところから始めなければいけなかった。
僕は玉井に悟られないように息を吐いた。きっと長い話になる。
「僕にはここ一年の記憶が無い。だから、君とは初対面だ」
玉井は苦虫を噛み潰したような顔で、首をかしげていた。
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